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おかっぱ頭のぱっつん前髪の女の子。
「あ…れ、チィ…?」
ぼくは、昨日から今日にかけての出来事をお父さんとお母さんに話した。
「ケイタ、おばあちゃんは千代って名前でしょ?
子供の頃はチィって呼ばれてたって聞いたことがあるわ。」
お母さんの言葉に、お父さんが、納得いったかのように続けた。
「そっか・・・。
おばあちゃんは、どうしてもケイタと思い出の花を見たかったんだなぁ。
サンカヨウって6月末の1週間しか咲かないんだろ?
なんか偶然とは思えないよなぁ。
亡くなる時期を選んだっていうか、法事でケイタがここに来る時期を選んだ
っていうか・・・。
うまく言えないけど、ケイタとサンカヨウを見たかったんだろうなぁ。」
ケイタの胸に、熱いものがこみあげてくる。
「ははっ。
どうりで、訛り過ぎてると思った!
おにぎり、どこかで食べたことがある味だと思ったんだよね。
『もう一度見れて良かった』って言ってたのが不思議だったんだよね。」
ぼくは涙がこぼれないように、精いっぱい早口でしゃべった。
絶対に果たせない約束だと思っていた。
残念だと思っていたのは、ぼくだけじゃなかったんだ。
お母さんさんがぼくの頭を撫でて言った。
「よかったね、ケイタ。
あーあ、お母さんも、おばあちゃんに会いたかったな。」
「ねぇ、ぼくいいこと思いついたんだけど。
来年さ、ぼくたち3人で尾瀬に行かない?」
ぼくの急な提案に、お父さんとお母さんが顔を見合わせる。
「ぼくが、おばあちゃんの花のところまで連れてってあげる!
尾瀬ってすごく広かったんだ。
滝の向こうに吊り橋もあるんだって。
お風呂付の山小屋もあって、みんな泊まりがけで行くんだって。
もっともっと先に行けば、サンカヨウの群生地もあるんだって。」
まくしたてるぼくの言葉に、お父さんとお母さんは微笑んだ。
「そうだな。おばあちゃんが好きだった花、みんなで見に行こうか。」
「サンカヨウの花言葉『幸せ、親愛の情』だっけ…いい言葉ね。
おばあちゃんの家はここなのに、なんだか尾瀬に行った方が、おばあちゃん
に会えるような気がするわね。」
次の日、ぼくはミニ尾瀬公園に行ってみた。
予想していたことだけれど、チィには会えなかった。
でも、ぼくは悲しくなかった。
尾瀬に行ったら、いつでも会えるような気がしていたからだ。
ぼくは、仏壇に手を合わせると、心の中でおばあちゃんに話しかけた。
「おばあちゃん、チィ、昨日はありがとう。
一緒にサンカヨウが見れてうれしかったよ。
ぼくは、もう東京に帰るけど、来年また尾瀬に行くよ。
今度は、お父さんとお母さんも。」
ぼくの心は、じんわり温かくなった。
お父さんがぼくを呼ぶ声がした。
ぼくは急いで玄関を出ると、車に乗り込んだ。
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