チィとの出会い

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6月最後の金曜日。 今日は朝からしっとりとした雨が降り、昨日までの陽気が嘘のように少々肌寒さを感じる。 透明なコンビニ傘をさして、ぼくは近所の公園までやってきた。 ここ『ミニ尾瀬公園』は、福島県の檜枝岐(ひのえまた)村にある。 『尾瀬の季節を一足早く、気軽に体験出来る公園』というコンセプトで平成11年に作られた公園で、おばあちゃんのお気に入りの場所だった。 ぼくは東京に住んでいる。 幼い頃から小児ぜんそくを患っていて、空気の綺麗な場所に少しでも連れていきたいという両親の計らいで、祖母の家には度々訪れていた。 おばあちゃんとぼくは、度々この公園を散歩した。 ゴールデンウィークの頃には、水芭蕉が立派な花を咲かせていた。 おばあちゃんは、水芭蕉を眺めると、いつも尾瀬の話を聞かせてくれた。 「ばあちゃんが若けぇ頃、じいちゃんと本当の尾瀬公園に行ったんだ。  そこにはな、世界一きれいな花が咲いてたんだよ。」 何度聞いても、ぼくはこの話が好きだった。 「ガラスみたいな花なんでしょ?」 「んだ。ダイヤモンドかもしんね。  なんつー名前の花かわがんねんだけど、普段は真っ白な花。  なのに、水に濡れっと透明になんだ。  ちっと濡れたぐらいじゃダメなんだ。  前の日に雨がたっぷり降った日しか透明に見えねんだと。」 「僕も見てみたいな。」 「ばあちゃんも、もう一回見てみてぇなぁ。  ケイタが10歳になったら、本当の尾瀬公園にあいばせ。」 『あいばせ』というのは、この辺の方言で「一緒に行こう」という意味だ。 小児ぜんそくは大きくなると改善することが多いと医師から言われていたので 尾瀬歩きは、ぼくの体力がついた10歳ごろに行こうと約束していた。 ぼくもおばあちゃんもその時を楽しみにしていた。 しかし、ぼくが8歳の時、おばあちゃんは亡くなってしまった。 その、おばあちゃんの三回忌の法要が今日だったのだ。 親戚が集まっての食事をすませ、『少しゆっくりしよう』と両親が言ったのを機に、ぼくはおばあちゃんとの思い出の場所までやってきた。 雨が降っていたけれど、居ても立ってもいられなかった。 だってぼくは今・・・ 枯れかけの水芭蕉の花を見つめて、つぶやいた。 「おばあちゃん…。ぼく、10歳になっちゃったよ。」 もう果たされることのない約束を思い返し、じわりと目が熱くなる。 そんな感傷に浸っているときだった。 「わたしも10歳!」 予期せぬチィの声に驚いて、ぼくは、すっとんきょうな悲鳴を上げてしまったのだ。
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