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ぼくの話をだまって聞いていたチィは、少しばかりの沈黙のあと問いかけた。
「ねぇ、東京にはいつ帰んの? 明日?」
「ううん。明後日の日曜日に帰る。」
「じゃあ、あいばせ。尾瀬までバスで行けっから、連っちってあげる。
バスの回数券、あまってるやつあるし。あいばせ。」
「えっ?」
突拍子もないチィの提案に、ぼくは驚いた。
「ばあちゃんの『世界一きれいな花』見っぺ。
10歳になったら見に行く約束だったんだべ?」
「う、うん。でも…」
「今日朝からずっと雨だもん。きっと明日なら見られっぺ。」
そう…かもしれない。
明後日東京に帰ってしまったら、きっともう本物の尾瀬に行く機会はほとんどないだろう。
ぼくは一人で電車に乗ったりすることは慣れている。
だけど、見知らぬ土地へ一人で出かける勇気はない。
チィが連れて行ってくれるなら、心強い。
明日が約束の花を見に行く最後のチャンスかもしれない。
チィの「あいばせ」という言葉が、ぼくの背中を押した。
「そう…だね。チィ、連れてってよ!」
ぼくの決断に、チィは笑顔を返した。
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