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●1. ふざっけんなよ
篠宮絢音は、激しく泥酔していた。
「話がある」
LINEを通じて送られてきた簡素なメッセージに従い、仕事帰りに彼氏に会うと、待っていたのは「別れたい」という一言であった。
彼氏(もはや、名前もこの場において出したくは無い)の言い分によると、絢音と別れたいと思った最大の理由は「新たに好きな子が出来たから」だそうだ。
そして、常日頃から不満が溜まっていたのか
「お前は、自分の事しか考えていない」
「料理が出来ない時点で、将来を考えると不安になる」
「こっちが『ヤリたい』って気分になっていても、お前はよく分からない理由で断る」
と、彼氏は尊大な口ぶりで絢音に対して付け加えてきた。
絢音からすれば、随分身勝手な理由だな、と思ったが、恋心が冷めてしまえば、相手の悪い面ばかりが見えてしまうモノ。
そして、これまで溜め込んでいたものを全て吐き出した、というのもあってか、絢音の目の前にいた彼氏のその顔は、臓腑に貯まりきった排泄物を排出したかのようにスッキリとした顔をしていた。
翻って絢音としては、デートだと思い込み、崩れたメイクも直し、新たに香水も身にまとわせて「それなりの状態」で来たのにも関わらず、開口一番「別れたい」と言われたらたまったモノではない。
取り敢えず、最大限の罵倒を目の前の「元彼氏」に対して速射砲のごとく言い放つと、パフォーマンスも兼ねてLINEをブロックするトコロを見せ、最後に紙おしぼりと丸めた千円札をカフェ代として「元彼氏」に向かって投げつけた後、絢音は逃げるように店を出ていった。
「ふざっけんなよ!」
店を出た絢音は、人目も憚らず大声で叫んだ。
振り返り、店の出口を見ても、「元彼氏」は出てくる素振りも見せない。
もっとも、出てきても顔面をはり倒すだけなのだが、せめて店から出て来て「ゴメン、言いすぎた」と一言言ってくれれば良いではないか。
──これからは、尽くす女になろう。
そう思って、付き合ってきた彼だったのだが、自分を押し殺して交際を続けた結果、得たモノはストレスのみだったとは……。
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