●2. やっちまった

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絢音の言葉に対し、少年は即座に返答しなかった。 返答の代わりとして、少年は絢音が今現在居住している1DKの部屋の様子をぐるりと見回した。 当分、衣食住を提供されるにあたって、この場所は果たして適切なのかどうかというのを、まるで品定めするかのように。 「お姉さん、本当にありがと」 少年は、再び絢音に目を向けると「しばらくの間ですが、よろしくお願いします」と、子供らしからぬ丁寧な口調で礼を述べた。 「決まり、じゃあヨロシク」 絢音は立ち上がると、玄関に立ったままでいる少年に向かって歩み寄り、右手を差し出した。 少年は絢音のその動きに応え、差し出された右手を握り、握手をする。 「ところでさ、君、名前は?」 握手をしていた右手を離すと、絢音は小首をかしげながら少年に向かって尋ねた。 「名前?」 「そう、名前」 絢音は少年の言葉を反芻すると、続けて述べる。 「一緒に暮らす、ってなったら、『おい』とか『君』とかじゃなくて、やっぱり名前で呼び合いたいじゃない。 名前呼ばずに、用件だけで会話していくと必然的に変な空気になっていく、っていうかさ。 だから、名前教えてよ。 そっちがどうしても答えたくない、っていうんなら、こっち的に勝手に決めた呼び名で呼ばせてもらうけど。 おい、うんこまんとか」 「うんこまんはやめて、マジで」 絢音のギャグに、少年はケラケラと笑った。 そして、その笑顔は少年が先程まで見せていた大人びた振る舞いから大きくかけ離れた、無邪気な笑顔であった。
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