スノードロップ症候群

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僕は、病院に行き、彼女の病室に行くと、花籠とプリンを枕元に置いた。 僕は、いつも座っているベッドの横の丸椅子に腰かけて、リュックサックから彼女のスケッチブックを出した。 あの日貸してくれた絵具も併せて出して、記憶を頼りに彼女が描いたスノードロップを塗っていく。 茎は絵具をそのまま染み込ませたような緑色、花弁は太陽の光を浴びて透き通るような白。俯くように咲く花弁に色を乗せていく。 時間をかけて丁寧に塗り、彼女の腕に抱かせた。彼女の手は相変わらず冷たいままだったが、表情が少し柔らかくなったように見えた。 僕は、その日スケッチブックを置いたまま、病院を後にした。 彼女が病院から消えたという連絡が来たのはその翌日だった。 主治医の先生が慌てて僕に電話をかけてきた。 僕は病院に駆けつけたが、彼女の姿はどこにもなかった。 ベッドの上に、雪の粒が大量に乗っていて、すくうとサラサラと僕の指の間を通り抜けていった。 雪の粒を少し払うと、僕が置いたスケッチブックが中から出てきた。 スケッチブックは雪の滴で少しふやけており、彼女が描いて僕が色をつけたスノードロップは雪の滴と僕の涙で滲んでいた。 彼女は雪の滴になってしまったのだと直感的に思った。 僕はスケッチブックをパラパラとめくった。彼女が写生した花の次のページに目が止まった。 「少しだけあなたの絵の魔法で、手が動いたので書きます。スノードロップの花言葉は、慰めという意味もあるそうです。誰かを元気付けたい時に渡すといいんだって。だからせんぱいはこの絵に色を塗って命を吹き込んでくれたのかな?ありがとう。たくさん元気が出ました。せんぱいもせんぱいの絵もいつまでも大好き。ゆき」 僕は、スケッチブックを抱きしめて膝をついて泣いた。 近くで見守ってくれていた看護師さんや主治医の先生も静かに泣いていた。 結局、スノードロップ症候群は、スノードロップに接触してない人も同じ症状が見られたため、調査は振り出しに戻り、原因の追求が進められているということだった。 彼女はどこにもいないということを分かりながらも春がきたらまたどこかから、笑顔で僕に会いにきてくれるような期待を捨てきれずにいた。 僕は君が好きだと言ってくれた絵を描き続けよう。最後に君が残してくれた希望の言葉は僕の生きる糧になったよ。ありがとう。
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