スノードロップ症候群

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救急車が到着するのにそんなに時間はかからなかったと思うが、僕に取っては非常に長い時間だった。 彼女を救急車に乗せると、同乗してきた医者は、困ったように首をかしげた。 「この方で、もう4人目なんです」 医者は僕の顔を見て、気の毒そうな表情を浮かべた。 「彼女と同じような症状を訴えて病院に搬送される方が、昨日から後をたたないんですよ。それが何に起因しているのか、治療方法は何が最善なのか、まだ分かっていないんです。」 僕は、ぼんやりとしながら、病院のベッドで横になっている彼女を見つめた。 治療法が分かっていない? 冗談だと言って欲しかった。 同じタイミングで搬送されてきた高校生のお母さんが、僕の隣で同じ説明を受けて、泣き崩れていた。 「娘は、絶対死なないですよね」 と、お医者さんに縋っていたが、現状分からないことが多すぎて何も言えませんという虚しい回答しか返ってきていなかった。 僕は、ベッドの脇に備え付けられているテレビの電源を入れた。 テレビをつけた瞬間、ニュース番組で「原因不明の病 全国で流行 100人超」というテロップが画面の中で踊っていた。 「昨日から、原因不明の病が全国で流行しているという情報が入ってきています。特徴は、体温が急激に低下すること、皮膚がまるで石像のように硬くなることが挙げられています。」 アナウンサーが神妙な面持ちで原稿を読み上げている。 「これに対して、原因は依然として不明のままですが、専門家の間では何か調査が進められているのでしょうか。」 アナウンサーに話を振られると、隣に座っていた大学教授らしき人が口を開いた。 「正直、まだ分かっていないことが多いですが、一つの可能性として、この花が挙げられます。」 その人は、手元に裏返していたフリップを裏返す。 僕は息を飲んだ。 「これは、スノードロップという花で、春を告げる花として2〜3月頃に咲く美しい花です。症状が出ている方には、この花の花粉が付着していることが共通して確認できました。この花は、12月の今、全国で大量に花が咲いているのが確認されており、それについても原因が分かっておりません。患者の体が、新型ウイルスに感染している形跡もないことから、この花が何か鍵を握っているのではないかということで調査を進めています。」 僕の脳裏を数日前の光景がかすめる。 あれは、彼女が写生していた花だった。 でもあの花が原因?花に接触して、人が死ぬことがあるのか? 色々と考えているうちに、ニュース番組は終わり、別のバラエティ番組になっていた。 僕は、彼女の冷たい手をもう一度握ると、椅子から立ち上がり、病院を後にした。
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