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「……い、おい。聞いてんのか」
不機嫌そうな声に我に返る。らしくもなく、感傷に浸ってしまった。
「すいません。ちょっと、昔のことを思い出してました」
「昔だぁ?これから仕事だってのに余裕なもんだな」
皮肉気に言う仲介屋の男の言葉を聞き流し、キリは無表情で手を出す。仲介屋の男は舌打ちした。
「生意気な若造だな。ほらよ」
乱暴に押しつけられた麻袋の中をザッと確認する。全て金貨だ。
「すごいな。さすが大国、金もあるところにはあるもんだ」
「隣国のお貴族様にとっちゃはした金だろ。んで、てめえはこれから、この戦争ばかりやってるクソッタレな貧乏国家を滅ぼしに行く、と」
男は鼻で笑って、キリの持つ麻袋をしげしげと見つめる。
「確かに大金だがなぁ、死んだら使い道もねーぞ?巫女殺しなんて成功するわけがねぇ」
「忠告どうも。でも俺は、この半分以下でもやりましたよ」
「へぇ?私怨か?」
キリは答えず、仲介屋に会釈して踵を返す。麻袋をしまい込み、フードをかぶって外に出た。
皮と骨ばかりの子供とすれ違い、体を売る女の呼びかけを無視し、転がっていた死体をまたいで歩いてゆく。
見慣れた風景だった。
毎日のように大勢の人間が死ぬ。長年に渡る戦争と搾取に民衆は苦しみ、ほとんどの人間が今日食べるものにすら困る日々。そんな世界で、数年前に家族を失ったキリは、殺し屋をしてどうにか食い繋いでいる。
キリは依頼内容の書かれた紙片を取り出した。直接の依頼主は隣国の貴族。だが、その背後にいるのは国王のようだ。
依頼内容は、「この国の実質的最高権力者である巫女の殺害、及び彼女の眼球の回収」。
キリにとっては、最初で最後の復讐の機会だった。
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