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五年前まで、キリは貴族で名前も違った。キリというのは自分でつけた偽名だ。
キリの家族は国家転覆を目論んだとされ、一族もろとも死刑になった。
濡れ衣だ。証拠だってない。だが、抗議もむなしく処刑は行われた。
キリの家族が犯罪者とされた理由はただ一つ。
この国の巫女が、キリの一族を断罪したからだ。
巫女は、事件の三年前に突如として現れた。人前に出ることはなく、素性も不明。だが巫女は神の声を聞く者として権威を振るい、ついには王すら彼女の意向に逆らえなくなった。
許せなかった。
人々の生活を壊し、国を傾け、キリの家族を殺しておいて、何が奇跡の巫女だ。
一族の全員が処刑されたが、キリだけはどうにか逃げることができた。だが、家族を見捨て、ただ一人生き残ったのだ。幾度も窃盗を繰り返し、武器を取り、人を殺して生きてきた。他人から奪わずには生きられなかった。
浅ましい己を恥じ、罪の意識に苦しんだ。もう二度と、本当の名前を名乗ることはできない。家族と共に死ねばよかったと、何度思ったことだろう。
それでも今日まで生きてきたのは、巫女への復讐と、とある少女との約束を守るためだ。
キリには、アリシアという幼馴染がいた。彼女は不思議なところがあって、次の日の天気や、一週間後のキリのおやつ、半年後に起こる飢饉まで当てることができた。
今になって思えば、アリシアには未来を視る力があったのだろう。美しい勿忘草色の瞳は、神様から贈られた奇跡そのものだった。
だが、キリにはどうでもよかった。
青く澄んだアリシアの瞳は、世界中のどんな花や宝石より美しいと、幼心に思っていた。口に出して伝えたことは、ついぞなかったけれど。
だからだろうか。アリシアの目がどれほど特別で、また危険なものか、キリも、幼いアリシア自身もわかっていなかった。そうして、ある日、アリシアは王都につれていかれてしまった。
アリシアは生死すらわからない。たとえ再会できても、薄汚い殺人者となった“キリ”では、アリシアに触れることなどできやしない。
それでも、アリシアは言った。
わたしを忘れないで、と。
キリが死んだら、彼女との思い出も消えてしまう。彼女の願いを、踏み躙ることになる。
アリシアは、キリの初恋だった。擦り切れてボロボロになった心に、唯一残った光だった。自責と憎悪で黒く濁った世界の中で、あの勿忘草色だけは昔のまま。
キリの願いは巫女への復讐と、アリシアを見つけること。
けれど、後者は叶わなくていい。
幸福な思い出の象徴。勿忘草色の初恋。
キリはただ、大事な宝物を持っていたいだけだ。
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