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人間には秘密だからね。そう言ってママは僕の目を見た。ママの瞳の奥に監視用のカメラがあるのは知っていた。ママだけじゃない。家や庭の至る所に設置されている。秘密にはできない。
「庭を見てよ、ママ。花が咲いたんだ」
「イチゴの花ね。花言葉は……“幸福な家庭”デス」
植物の種を持ってきてくれるのはママだけだった。その種を庭に撒いて、育てる。花が咲いたらママに見せる。
すると花言葉を教えてくれる。そのときだけ片言の話し方になるのが不思議だ。
「赤い実ができたら教えてね」
花が咲き、実がなるとママが全て回収してしまうのだ。
「エニシはどう?」
逃げたよ、なんて言えない。
「まだ寝てるんじゃないかな」
「相変わらずね」
ママは片方のアームを振ると、スムーズな二足歩行で海へと向かった。
部屋に戻る。エニシはやはりいない。
今頃、ママが乗ってきた海中カプセルに侵入して、息をひそめてるに違いない。
僕はママからもらった紙袋にネリネと書いた。そして、保管しておいたイチゴの紙袋に「幸福な家庭」と書いた。
僕の家庭はどんなものだったっけ? すでに思い出せない程の時間が経ってしまっていた。
待っててね、と母さんは電話越しに言った。僕にとっての確かな事実。それをただ信じるしかない。でも本当は、僕たちが探しに来るのを待っているのではないだろうか。
だとしたら、エニシと過ごしたこの10年間は……。
裏口の扉が開いた。エニシだ。腹を押さえた手の隙間から血が流れ出ていた。
「人間がいる」
エニシは掠れた声で言った。
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