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何も書けない。何も思いつかない。どうしようもない。そんな時、神様がいつもそばに来てくれた。
「なんかまたエラく苦しんでるようだね」
「だめなんです。それがもう、とてもダメなんです」
「どうせ大学にも行かずに、ない頭捻っていたのだろう」
「なにも言い返せないです」
いつもこの八畳ないくらいの暗い部屋で引きこもって、紙と睨めっこを決め込んでいる。考えようとするが、果たして今本当に考えているのかも分からない。
自分にはなにもない。資格も特技も長所もない。だから紙とペンだけで勝負できて、時間をかけてもいいもの。そしたら物語を書くことしか、自分の人生を彩るものは無い、否、それで彩りたいと思い立ち、今日のこの暗黒にいる。小さい頃から自分だけの世界を展開する職業に憧れてきた。色々な現実に当たっても、結局その夢だけは変わらなかった。ある時は漫画家、ある時は映画監督、そして今は小説家。ただ、いままで、実際に手をつけたことはない。漫画は自由帳に殴り書きばっかりだったし、映画も絵コンテはかいたことあっても、実際に撮影したことはない。そうして漸く、大学生になって一人暮らしを始めた今、小説を書こうと行動に移す覚悟を決めた。しかし、「書きたいという欲」はあっても、「書きたいこと」ががなかった。これは致命的といえる。だから、今はインプットの時期だと、本や漫画、映画、ラノベなどあらゆる「物語」に触れた。僕は他者に影響されることに関しては他の追随を許さないので、すぐに目標となる作品を見つけた。しかもかなりの量みつけてしまった。更にジャンルがそれはもう戦慄するほどにバラバラであった。そこからは脳内混沌を極めて行った。何から手をつけたらいいのか、なにをどう書けばいいのか。混乱ばかりが残ってしまい、手をつけられずただ惰性で時間だけを無駄に消費する日々がつづいてしまった。秋口のあの日まで。
ある日朝起きると部屋に綺麗なお姉さんが立っていた。寝ぼけの頭ながらに、これはおそらく妄想なのだろう、ということは何故か直感で感じていた。しかし、まるで本当にそこにいるかのごとくリアル感を出していた。おそらく妄想ではあるが、正体不明のお姉さんであることには変わりない。変に消えてしまってはもったいないというか、妄想の産物だとしても、ここは彼女から聞く形で素性を暴いた方が、楽しそうだ。
「あの、部屋をお間違いになられてはおりませんでしょうか」
「何を言ってるんだね、君の妄想の産物だよ私は」
早速のネタバレである。これは困った。どう掘り下げればいいのか難しい。とりあえず適当に質問を重ねよう。まるでウミガメのスープをやっている気分だ。
「あの、どういったご要件で」
「君が呼んだんだ。こちらのセリフさ」
「あ、はぁ」
「なんだ、その腑に落ちない感じは」
「いやぁ、呼んだ記憶がないというか、呼んだ覚えがないというか。なにか手助けをしてくれるんでしょうか」
「あぁ、私に出来る限り、つまり君ができる限りのてだすけはするつもりだよ。なんなり言っておくれ」
そうか、言ってみれば僕のもうひとつの人格みたいなものなのか。だって僕の妄想の産物なんだし。にしても完全に自分好みの美女が出来上がってるな。さすが僕。僕と同じくらいの背丈で、さらさらの黒髪乙女。広瀬すずみたいな顔で、声も透き通っていて、景色の綺麗な渓谷で川の水面から顔を出しているような気分になる。せめて服は来て欲しいが。白く、そして血色の良い肌をさらけ出していたのだ。正直かなり劣情が止まらないくらい官能的な肢体である。
「服は着れないのでしょうか。極めて目のやり場に困ってしまって」
「そうか、なら着てあげよう」
人差し指を暗い天井に向ける。すると指先から光の粒子が火を噴くように飛び出し、彼女を包んだ。まるで神様みたいだった。実際神業のようだ。光の膜が弾け飛び、あらわれたのは、白いワンピースを着て、肩までの髪をポニーテールでまとめた彼女であった。
「た、助かりました」
「どうだ、君の好みかな」
「それはとても、とても」
そうかそうか、と彼女は綺麗にはにかんだ。
「あの、神様ですか?」
「うぅん、そうだな。君がそう願うなら、私は君の神様にだってなれる。なぜなら私は」
『妄想の産物だから』
ハモった。
「ははは、わかってきたね」
「はは、まぁ」
「では早速はじめようか。困っていることはあるかい」
「あぁ、あの、実は物語が書きたくて。でも書きたいものがありすぎて、どれから手をつけていいか」
「混乱しているのだな」
「はい」
「こういう時は目に見える形で、とりあえず整理することだ。書きたいものをとにかく箇条書きで書き出してみるんだ」
「合点承知之助です」
彼女に言われると、何故か無尽蔵にやる気が湧き出る。やっぱり神様なんじゃないか。
言われるがまま書き出してみた。
1:神話のような壮大さを持ったアクションもの
2:自分の人生を題材にした反人間賛歌、人間失格の自分版
3:現実と虚構が入り乱れるファンタジーコメディ
その他もろもろ
こんなものだろうか。あとは思い付き次第書き出していこう。
「ほぉ、案外ジャンルに囚われない感じなんだね。そういうの好きだよ」
「ありがとうございます」
好きだよ、と言われた。非常にくすぐったくて、照れる。耳まで熱くなっているのがわかる。まず、こういうのを自分以外に見せたことがないので、それも少し恥ずかしい。まるで秘密の日記を見られている気分である。しかし、確かに実際モヤモヤが晴れたような、そんな気がするのは確かだ。やはり神様だ。
「どうだ、少しは楽になったろう」
「はい、すごいです。スッキリしました」
「うん。どうやら君は、実際に行動に移す、ということが苦手なのだろう。ちょっとずつ進んでいこう。休んでも構わないんだ」
「そうですね、そう言われると苦手なんでしょうね。ただ混乱が先なのか、苦手が先なのか分からないですけど」
「そうだな。まぁなんにしてもゆっくりでいいのさ。焦りは何も生まない。特に今の君にはね」
「はい」
こういう感じで、かなり役に立つ後押しをしてくれる。優しく、包み込むように、温かい。
「はぁ、疲れました。今日はここまでにします」
「そうかい。よく頑張ったね。肩をもんであげようか」
そういうと、僕の背後に回って、そっと、それでいて力強く僕の貧弱な肩を揉み始めた。癒された。全身の疲れを、その細く綺麗な手で吸い取ってくれているようで、そして、代わりに癒しを流し込んでいるようで。至極の安らぎの時間だった。
「肩もみ、かなり上手いですね。たまりません」
「ふふ、そうかい。それはやり甲斐があるっていうものさ」
「あの、、、」
「どうした?」
「いや、その、、、」
「もしかして名前かい」
「はい、なんと呼べばいいか」
「そうだね、どうせ『すず』って呼びたいんだろう?」
「それもお見通しでしたか」
「顔に書いてあるよ」
「これは失敬。ではすずさんでもいいですか」
「私は構わないよ。好きに呼んでほしい」
「すずさんは、ずっとここにいてくれるんですか」
「おや、寂しいのかい」
「まぁ正直。友という友もいませんし、恋人には振られたばかりですし、親はあまり好きじゃないので」
「ははは、君は寂しがり屋の割に、孤独を引き寄せているね。安心して、私はずっとここにいるよ」
「よかったです」
「当然だろう。私は君だ。君のそばにいなければ私は私ではない。君が私を私にしてくれる」
「そんな大層なあれではないですよ」
「そんな大層な者なのさ、君は」
そしてまた、ふふっと綺麗にはにかんだ。
ピピ、ピピ、お風呂が湧きました
「あ、湧きましたね。ではお先どうぞ」
「いやいや、私はお風呂は大丈夫だ。君が入り給えよ」
「そうですか、気持ちいいですよ、お風呂。うちのは狭いですけど。いつか入ってみてください」
「そうだね、そうするよ」
服を脱ぎさり、首まで湯船に浸かる。かなり癒されたあとだが、それでも風呂はきもちがいい。今日はなんだか色々起こった気がするが、全然疲れなかった。朝いきなり、どタイプの女性が現れ、優しく僕に夢を叶えるための手解きをしてくれて、しかもずっと一緒にいてくれる。素晴らしい一日だ。妄想のはずなんだが、妄想とは思えないようなリアルを彼女は孕んでいた。本当に妄想なのdーーーー
カチャ。
浴室のドアが開いた。そこには、朝見た通りの、一糸まとわぬすずさんがそこに立っていた。
「やぁ、そんなにお風呂が気持ちいいのなら入ってみようかなと」
「え、あ、え、いや、え」
「はは、相当狼狽えているね。でも嫌じゃないだろう?」
「それ言うのはずるいですよ」
「すまないすまない、じゃ失礼して」
静かにその、白い身体を浴槽に沈める。大量の湯が溢れ出る。
「ひやひやひやひやぁ、いや噂通りだね。これは至福だ」
そういうと、僕に背中を向け、そのまま身体を僕に預けるようにもたれた。
「いや、え」
「まぁまぁ、嫌じゃないだろう」
「.........」
「よろしい」
すずさんからとてもいい匂いがする。上品だが、それでいて乙女チックな香りだ。とてもリラックスできる。
「明日も」
「なんだい」
「明日も一緒に入ってくれますか」
「ふふ、もちろんさ。こちらからお願いしたいくらいさ」
湯気と一緒に、幸せ成分も浴室に充満していた。気がする。
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