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1.午後三時、中部警備保安サービスにて
「なあ、折り入って頼みがあるんだけど」
鷲澤守は出勤早々、上司の新崎元男に肩を叩かれ振り返る。上司は朗らかな笑顔を浮かべており、頼み事というよりは世間話を始めそうな雰囲気を醸し出していた。
鷲澤と新崎は、株式会社中部警備保安サービスの社員だ。所属部署は敵対生命処理特例課、通称処理課。三年前に急遽設立された新興の課であり、所属社員も二十代の若手が多く、鷲澤も例外ではない。
鷲澤は新崎の表情を観察し、その意図を探る。
自分の社内での立場は分かっている。一人では成果を挙げることができず、誰かの働きをサポートすることでしか役に立てない。自分が影で『寄生虫』と呼ばれていることは知っていた。そんな人間に何を頼むことがあるのだろうか。
「臆病者の『寄生虫』に用があるんすか?」
「お前の重要性に気付いてない奴が使ってる蔑称なんぞ気にすんな」
「軽く割り切れる話じゃないっす。本題は?」
「今日から兵藤二狼と組んでほしい。もうお前しか頼める奴がいない」
新崎は柔らかな笑顔を崩さなかったが、その視線からは圧力をひしひしと感じる。そんな名前の奴いたっけ、と鷲澤が記憶を漁っていると、新崎は痺れを切らして溜息を吐いた。
「『相棒殺し』だよ。お前の一個上の先輩だ」
「げ、『相棒殺し』か。知ってますけど、そんな奴と組むなんて俺だって嫌ですよ。ボロ雑巾になりたくないっすわ」
「兵藤一人で討伐に向かわせるわけにもいかないだろ」
処理課の仕事は、四年前から突如として日本各地に現れた、黒い粘液状の怪物を退治することだ。日没から深夜にかけて現れるこの化け物は、仲間の気配を察知して集まってくることと、人間を積極的に襲おうとすること以外の生態がほぼ不明である。そのため、彼らを討伐する際は二人一組での行動が義務づけられている。
兵藤は、処理課への配属当初から今まで、組んだ相方を例外なく一日で潰して他部署へ異動させてきた経歴を持つ。『相棒殺し』とは良く言ったものだ。
もちろん、彼が能動的に相方に害を加えたという証拠はない。怪我の程度は骨折から意識不明の重体まで人それぞれで、全て討伐中の不幸な事故として処理されてきた。確かに生傷の絶えない職場で異動も珍しくないが、それでも兵藤の相棒の脱落率は異様に高いのだ。
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