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日は刻々と沈み始めていた。辺りが暗くなるにつれ、鷲澤の五感が怪物の気配を察知する。
「北側一キロ先に八匹、南東八百メートル先に六匹、西側六百メートル先に一匹……多分、こいつが一番近いかな」
怪物の移動速度は人間の徒歩の二倍だそうなので、西の奴と鉢合わせるのは遅くとも四分後か。鷲澤が計算していると、兵藤は驚いた顔で振り向いた。
「探査能力があるのか」
「ええ。今はアプリがあるから無用の長物っすけど」
怪物の出現から少し経って、鷲澤のように怪物の位置を感じ取れる特殊能力者の存在が明るみに出るようになった。
ただ、彼らは探知ができるだけで戦闘能力があるわけではない。その役割は、すぐにスマートフォンの専用アプリに取って代わられた。
「そんなことはない。アプリの探査範囲は、現在位置から半径五百メートル以内だ。備えるには心許ないだろ」
「兵藤さんでも心許ないって思うことがあるんすか?」
「組んだ奴の安全が保証できないからな。企業体質だとは思うけど、協力者のはずの相方と実績を取り合おうとして深入りした結果、怪我する奴が多すぎるんだよ。そいつらが逃げるためには五百メートルじゃ狭すぎる。化け物はこっちの二倍の速度で動くんだから。勘違いしてる奴が多いが、探査システムは討伐のためのもんじゃない、引き際を見極めるためのもんだ」
説教とも取れる兵藤の言動が、鷲澤の頭の中にある『相棒殺し』のイメージを壊していく。やはり彼は、意図的に相方を潰しているわけではないようだ。
そして、兵藤と同じ考えを鷲澤も持っている。鷲澤の今までの相棒も、無理をして戦闘を継続した結果、怪我を負う者が少なくなかった。適度に距離を取りつつ、時には撤退の判断を下すことも肝要なのだ。
成果主義の職場ではおいそれと口に出せないが、実績を求めて一日で潰れるより、実績が低くても生き長らえて、少しずつ積み重ねていった方が良いに決まってる。このまま人が減り続ければ、残る人間に余計な負担がかかってしまうのだから。
スマートフォンがけたたましく鳴り響く。奴らが、半径五百メートル以内に入ってきた合図だ。
紫外線カット効果のあるヘルメットを装着し、三段式の特殊警棒を取り出して振った。頑丈なブラックライトが内蔵された特注品で、暗い紫色に光っている。
そう、怪物は紫外線にも弱い。ただライトを当てるだけでも効果はあるが、警棒の方が取り扱いやすく戦闘に適しているのだ。
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