3.午後八時、中部警備保安サービスにて

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「お前は優秀な探査能力を持ってるし、使い方も間違ってない。あの四十の群れにかち合わずに済んだのも、怪我せずここに立っていられるのもお前のお陰だ」 「それは、兵藤さんも引き際を見極められる人だったからで、俺だけの手柄じゃないっす。俺、普段の実績は両手にも満たなくて、十五なんて人並みの数字を残せたのは初めてなんすよ。でもそれも兵藤さんが引っぱってくれたからで、俺の実力じゃない」 「自分のやったことと人のやったことの区別もつかないのか? お前、人から『寄生虫』なんて酷い呼び方をされてるが、本当にお前のことを認めてないのはお前自身だろ」  冷静な兵藤の言葉が、杭のように胸に刺さる。  彼の言うとおりだ。惨めな思いをしたくないあまりに、先手を打って自分を貶め、『寄生虫』という蔑称に甘んじていた。言い返すことができない。  兵藤は立ち去らない。尚も鷲澤に向き合い続けている。 「これも企業体質だと思うが……相棒とは二人で一組のチームのはずなのに、実際は一対一の商売敵になってるよな」  鷲澤が何も言えなくなっているのを見かねてか、兵藤は話題を転換する。鷲澤は暫し考えてから、自分の素直な意見を伝えようと口を開いた。 「実績の集計方法が個人別だから、競争意識が芽生えちゃうんすよね。集計を二人一組ごとにしたら、お互いに協力する空気になるのかも」 「それこそ『相棒殺し』に手を染める奴がうじゃうじゃ出てくるだろ。協力する振りをして、終わり際に片割れを事故に見せかけて始末すれば、自分が討伐していない分も総取りできるからな。処理課の治安が余計に悪くなる」 「うわ、物騒……」 「結局は個人の心持ち次第ってことさ。職業柄、実力主義なのは仕方のないことだが、パートナーと助け合って高め合うのは決して悪いことじゃない」  兵藤は右手を差し出してくる。鷲澤が意図を理解できず困惑していると、兵藤は不敵に微笑んだ。 「相棒なら、手を取り合って、良いことも悪いことも二人で分かち合うべきだ。一対一(フィフティフィフティ)さ、俺達は対等なんだ。俺は、鷲澤となら健全な関係を築き上げることができると思ってるし、お前と組むことができて良かったと思ってる。これは俺の考えだから、簡単には否定させないぞ」  兵藤の希望に溢れた言葉の一つ一つが、少しずつ鷲澤の心に染みこんでいく。  この人は俺と対等な関係を築こうとしている。俺のことを認めてくれているんだ。  歓喜に胸が震える。彼の期待に応えたいと素直に思えた。  鷲澤は一歩踏み出して、右手を差し出し兵藤の手を握った。硬くて肉刺の多い手の平は、兵藤の実力と努力の結晶だ。 「俺も、兵藤さんと対等な関係を築いていきたいです。あんたの期待に応えたい」 「良い顔つきになったじゃないか。これからも宜しく頼むぞ」  兵藤は鷲澤を置いて、先に処理課へと向かった。  放した右手には、兵藤から伝わった熱が篭もっている。鷲澤はそれを逃がさないように握りしめて、兵藤の後を追った。  
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