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 ピピピ、ピピピ、と無機質なアラームが室内にこだまする。  それを止めると、律はハンガーに掛けていたジャケットに袖を通しボディバッグを肩に掛ける。 「これ、俺の名刺です。次はちゃんと指名してくださいねーースバルさん」  ふ、と小悪魔的に口元を緩め、律は俺の額に薄いピンク色の唇を落として部屋を出て行った。  相当酔っていたとはいえ、年下の男に屈してしまい、あまつさえマジで良かったとか思わされたという事実に、死んだ目で天井を見つめる他ない。 『俺が女だったら人生狂わされてるかもしれん』  切れ長の目を優しく細め、白く透き通った肌に朝露のような汗を浮かべる。  細く華奢に見えるがしっかりと筋肉の付いた身体は完全に逞しい男で、白い歯と赤い舌をチラつかせる様は本当に息の根を止めにかかる毒蛇か何かだった。  はーーー。と、深く吐いた呼吸音が一人では広すぎる部屋に響く。  のろのろと起き上がって枕元に置かれた名刺を手に取ると、店の電話番号と彼の名前だけがシンプルに書かれていた。 「プロフェッショナルなゲイって怖ぇ……」  もう一度息を吐いて、バスルームへ向かうことにした。  カノジョにフラれようが、年下のプロフェッショナルゲイにうっかり食われようが、仕事は変わらずやってくる。  トラックを下り、荷台を開け、ドリンクの詰まった段ボールを自動販売機の前に並べる。  自動販売機を開けて少なくなったドリンクを補充して回るのが、俺の仕事だ。  ガシャンーーガシャンーーと音を立てて呑まれていく缶を見ながら、頬を伝ってくる汗を肩口に摩り付ける。   「うわ自販機使えねーのかよ」  という不満げな声を聞くのにも慣れた。  補充を終えて余った段ボールをまたトラックの荷台に戻す。  ふと顔を上げた時に目に留まった横顔に、思わず息を呑む。   「ねーレン、リサ冷えてるのじゃなきゃやだ」 「じゃコンビニ行こっか」  ラブホテルで俺を見下ろしていたあの瞳は、隣で頬を膨らませている量産型な外見の若い女に向けられている。  他人の空似、と考えられるような特徴の無い顔だったらそう思えただろう。  だが、あんな顔立ち、あんな行為ーーそう簡単に記憶から消せるのならば苦労はしない。  男が俺の方に目を向けそうになり、慌てて被っていた帽子の鍔を下げてトラックに乗り込み、記録用のバインダーを手に取った。  偶然ーーだろうが、エアコンの風量を最大にしても汗が止まらない。  ちら、と視線を向けたサイドミラーには、背を向けて遠ざかっていくカップルの姿が映っていた。 『カノジョ持ちがゲイデリヘルでバイトとか、世の中よくわかんねー』  点検項目を書き込み、もう一度汗を拭って車を走らせた。  朝仕事に行き、一日車を走らせ自販機の補充をし、仕事が終わったらコンビニで弁当と酒を買って帰る。  学歴も容姿も関係ない、運転免許さえされば誰でも出来る簡単な仕事。  そんな俺と元カノジョとの出会いはありきたりな、友達の紹介ってやつで。何回かデートってやつをして、そのまま付き合い始め、それなりな恋人関係が続いていた。  俺は俺なりに安月給の給料を節約し、カノジョってやつのワガママに応えられるだけ応えていたつもりだった。  まあ、それでも限界ってのはあるわけで。無い袖は振れないし、容姿が特別優れている訳でもない。特に容姿なんて、髭は濃いし、汗っかきだし、最近腹周りが弛んで来たし。可というよりは不可という方に限りなく近い、と思う。  俺より色々と条件がいい男の方が多いだろうし、あっさり乗り換えられて当然だ。  財布からレシートを出して空になったコンビニ弁当の容器に捨てていると、まだ捨てていなかったゲイデリヘルの名刺が出て来た。  捨てるか、捨てないかーー数度悩んで、財布の奥に戻す。  また指名するわけじゃない。過ちを二度犯さないための自戒だ。そう言い聞かせ、財布をテーブルに置いてベッドに横になった。
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