幹と美樹

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 担任からもらった資料を片手に悶々としていると、国語準備室の前を通りがかった。  ――半年前の光景が蘇る。  『名前を丁寧に書きなさい』と言われたあの日以降、僕はまともに幹先生と話していない。でも、僕にとっての幹先生の位置づけは、少しずつ変わっていったように思える。  ドアが空いていたので、隙間からひょこっと部屋を覗いた。あの日と同じ――幹先生はひとりで、もくとくとキーボードを叩いている。  僕はコンコンとノックをして、中へと入った。幹先生は作業中の手を止めて、僕の方へと顔を動かした。 「井上くん、何か用ですか?」  機械的な声。突き放すような冷たい印象。でも、この人は僕に『名前を丁寧に書きなさい』と言った。結果、僕はおばあちゃんとの別れで自分の名前への感謝の気持ちを伝えられた。  ――この人なら、もしかしたらまた何かヒントをくれるのかもしれない。そんな淡い期待が、僕の中で密かに芽生えていた。
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