幹と美樹

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 そして本気で作家を目指し始めて十年、ついにデビューが決まった。コンテストに応募した作品が大賞を飾ったのだ。僕が三十五になる年のことだった。  それと同時に、僕の結婚も決まった。相手は西崎さん。高校二年生のときのクラスメイトだ。今はすっかりギャルを卒業しているが、相変わらず香水は好きなようで、棚には色とりどりのお洒落な香水瓶が置かれている。  西崎さんに大賞をとったことを報告したとき、彼女は電話越しで赤ん坊のようにわんわんと泣きじゃくった。泣きすぎて目の腫れが一週間収まらなかったそうだ。僕と西崎さんは、ちょうど僕が小説家デビューを目指し始めた十年前に再会し、それから彼女はずっと隣で僕を支え続けてくれていた。  幹先生にも報告した。正直、作家デビューに関しては喜びよりも、安堵のほうが大きかった。もちろん心が折れそうになることは数多くあったが、楽しみにしている幹先生を思い浮かべると、全身から不思議な勇気とやる気が湧いてきた。人は、自分のためよりも、他人のために何かを成し得ようとする方が、実はとてつもないパワーを発揮するのかもしれない。  この十年、小説にかけた時間が無駄にならなくてよかったと、本屋に並べられた自分の本を見て、思った。  ――そして、結婚した次の年、幹先生が日本に帰ってくることが決まった。僕はすぐに彼女に会いに行った。
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