幹と美樹

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 ――だから。 「井上くんの名前がどんどん丁寧になっていくのが、見ていてとても嬉しかったんです」 「……気付いていたんですか?」  僕は目を丸くした。名前しかり、日記しかり、僕の中での僕だけの変化だと思っていたから、まさか幹先生が気づいているとは思いもよらなかった。 「もちろんです」  幹先生は、唇に弧を作る。少し上がった口角に、綺麗な薄茶色の瞳。僕は微笑み返した。  幹先生のアドバイスは、人生の本質を突くものだ。だから突拍子がなく聞こえるし、今目の前に待ち構えている現実的な悩みをすぐに解決することはない。遠回りだが、その人の人生を立て直し、その人が求める本当の幸せへと導く手立てとなる。 「――僕は、先生が“名前を丁寧に書けば、何かが変わる”って言ったとき……その“何か”が何なのかを、知りたかったんです」  空を見上げた。暖かく心地良い春の日差しが、僕と幹先生を包み込む。
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