幹と美樹

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「僕は、“井上美樹”っていう自分の名前が嫌いだったんです。女っぽくて……中学のときそれが原因でいじめられたので。でも名前って一生ついて回るから、ずっと嫌いでいるのも大変だなぁと思ってて。そんなときに、先生から名前を丁寧に書きなさい、と言われて。少しでも僕の気持ちの持ちようが――何かが変わるのかもしれないなら、やってみよう、と思えました」  幹先生は、目尻に皺を作った。 「――あなたのその素直さは、素晴らしいものです。どうか忘れないでください」  そのとき、ふわっと鼻孔をくすぐる甘い匂いを幹先生から感じた。そうか、これが最後なんだな、と、僕はひっそり思った。心がきしりと痛んだ。  僕は記念にと、二人の写真を撮った。今まで二人で写真など撮ったことがなかった。先生はたいそう驚いていたが、これが最期なのだ。最期ぐらい、内気な僕の我儘を叶えてくれたっていいだろう。
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