天のはかり竜のめざめ

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 門前の小僧なんとやらで、棘のある口ぶりながら蜂谷は宮坂のための丁寧な所作でコーヒーを淹れた。 「うん。さすがは蜂谷珈琲店」  一口含んで満足げにうなずいた後、がらりと表情を変えた。 「さて。今日の段取りを説明するよ。準備は良いかな」  宮坂が顔を出すなり席を外した夏川がすでに四人分の書類を隣のテーブルに配置し、端末も持ち込んでいる。 「はい」  慣れたものだ。  こうやって戦うのも。 「では、始めようか」  宮坂の漆黒の瞳がひときわ輝く。 「まずは・・・」  戦場は良い。  だから今、俺はここにいる。  心地よい高揚感に包まれた。  宮坂誉率いる『オフィス宮坂』は、商業関連の経営戦略の提案とブランド構築、そしてその資産管理まで手掛けている。  始めのころこそファッション業界で活躍した宮坂らしく、アパレル業のリニューアル案件を遊び感覚で手掛けていたが、そこから派生してセレクトショップの開業や飲食業の支店立ち上げや経営の見直しなど、次から次へと仕事が舞い込むようになった。  最初は企画設計程度だったはずなのに気が付いたら法務管理まで請け負い、なんでも屋の様相を呈している。  そして宮坂は発想が柔軟かつ確実に成功へ導くため依頼が後を絶たず、業界トップと言われるまでに成長した。  それにもかかわらず、会社自体の規模はさほど大きくない。  もちろん宮坂の仕事ぶりは非凡だ。  しかし彼を支えるスタッフに優秀な者が集結しているからこそ、普通では考えられないほど円滑に業務を進めることが可能だった。  その『優秀な者』の半分近くを占めるのが、『バース特性保有者』だ。  アルファであれオメガであれ、ベータであれ。  つわものぞろいだという自負が、この会社には浸透している。 「今回のターゲットは『志水堂』。もう一度最初からおさらいするよ」  今日は、最終的な契約締結を予定している。  発注内容、作業工程、納入期日、金額の確認、修正、そして法的手続き。  この時にお互いの意見がかみ合わなければ、破談となることもあり得る。  宮坂と開発チームは「面白そうだから」と乗り気の案件だが、無茶な要求が潜んでいないか目を光らせておくのが裏方の仕事だ。  今は波に乗っているが、いつ何時足をすくわれるかわからない。  人は、存在するだけで様々なものを消費する。  その最たるものが、金だ。  多くを求めはしないが、それなりに生きるためには必要不可欠だろう。  そんな時代に生まれ育ったのだから、面倒だが仕方ない。  依頼主も、自分たちも、生きるために戦っている。 「『志水堂』は江戸時代に京都で開業した老舗和菓子屋。大政奉還後、東京へ移転。御用達の称号も得ていたからね」  臨席するのは、宮坂、八澤、開発スタッフ二名、そして庄野の代打で蜂谷。  宮坂の美貌は神の域だ。  十数年の付き合いになる八澤ですら、まつ毛一本に至るまで芸術品だなとしみじみ見とれることがある。  それを本人は十分に自覚し、『武器の一つ』と言う。  使えるものは存分に使う。  それで道が開けるならば楽なものだろう。  だって『とっておき』なんて、大事に仕舞っていても意味がないじゃない?  錆びさせてしまう方が悪だよ。  意外にも、宮坂はいついかなる時も全力で戦うのが好きだ。  だからこそフル装備でやる気に満ちた彼が普通の社会人として目の前に降り立つと、仕事と理性を忘れる依頼人もたまに・・・いや、かなりいるので、盾替わりかつ柔軟にあしらう能力のある者を必ず一人連れて行くようにしている。  おおむね、庄野。  彼が『巣籠』に転じたならば、蜂谷。 「依頼内容としては、客層と商品のマンネリ化と景気その他要因にわる売り上げの下降傾向の打破。顧客の新規開拓のために製品、店舗、パッケージデザイン、経営方針の一新。ついでに言うなら、ゆくゆくは国内だけではなく、海外への展開も視野に入れる。ようは、長期契約の見込みありの案件だね」  宮坂の説明を聞きながら、八澤はもう一度状況を叩きこむ。  製品の一覧を見る限り、これといった特徴の持てないごくごく平凡な老舗和菓子屋。  技術力のある職人たちを多数抱えており、味も見た目も悪くないものが作れるようだがとにかく『普通』。  伝統と御用達の看板で茶道界につながりがあるため一見安定しているように見えるが、それがかえって足かせになっていると開発スタッフは分析していた。  正直に言うなら、これはかなり難しい仕事だ。  どの花を捨てるか。  どの花を生かすか。  まるで生け花に挑むようなものだ。  
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