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「あ、ここはちょっと重要。依頼主は十八代目の当主なんだけど、就任したのは昨年の夏。十七代目の急死による継承。一応十六代目が役員として後見。このご隠居さんがお父さんで、十七が長男、十八が次男ね」
これは庄野の担当案件のため、八澤が依頼主の個人情報にまで目を通すのは初めてだった。
「・・・て、これ」
社長近影は和装の若い男。
かなり若く、どう見ても二十代。
いや、それよりも。
「うん。どこから見てもまごうかたなき北欧の男。ついでに言うならアルファだから、この人」
絵にかいたような金髪碧眼の男が綺羅綺羅しい笑みを浮かべていた。
大理石の彫刻のようにほりの深い顔立ち。
あり得ないくらいの左右対称。
しかしなぜか冷たさは感じられず、濃紺の瞳と厚めの唇はどこか甘い。
程よく知的な額と、すんなりと後ろに流した飴色の髪。
さらに胸から上しか写っていないにもかかわらず、首から肩にかけての線でかなり鍛えた身体なのも分かる。
「こんなベタな男は久々だな・・・」
「なるほど」
へらりと宮坂は笑った。
「カイル・ノア・志水。志水家の男性はおおむねアルファ家系で、母親がアメリカ国籍のオメガ。長男さんとは一回り以上年の離れていて、ほとんど欧米で生活していた。だからこその海外展開の起案だね」
十六代目当主と関係を結んだ女性は産んだ息子を置いて日本を離れた。
とはいえ縁を切ったわけではなく程よい距離を保ちつつ十数年が過ぎ、今度は次男を産み、その子は彼女が引き取った。
バース特性の一つとして、多いのが事実婚。
子供を成したからと言って一緒に暮らすとは限らない。
同じパートナーとダンスを踊り続けるか、曲ごとにチェンジするか。
それは本能であり、個性だ。
新たな遺伝子の組み合わせを求めたくなる性質の者は、ひたすら漂流し続ける。
また逆に長い歳月を一人の伴侶のみと過ごす者もいる。
しかし、よくよく考えてみればベータ社会でも大した違いはない。
愛することも、別れることも。
全ては自由のはずなのだ。
「彼と僕の間で一致している方針が一つ。当面はカイル・ノアの容姿を利用しないこと。メディア展開はありだとしても、まずは揺るぎない状態にまで構築しない限り、彼の存在は前面に出さない」
新当主の華やかな容姿はこの老舗和菓子屋において諸刃の剣だ。
それを両者が理解した上なら、仕事も順調に進むだろう。
けっこうな量の起案をどんどんめくって素早く目を通す八澤に、宮坂は問いかける。
「どう?晶の見立てとしては」
「いけるんじゃね?ただし、この美形が城内をどの程度掌握しているかにかかるけど」
「だよね。多分、そこがこれからの課題だとは思うけど」
コーヒーの入ったマグカップを両手に抱え、首をちょこんと傾ける。
「まあ、会ったら解るから。面白いよ、あの子」
「あの子…って」
先ほど写真に気を取られて飛ばしてしまった経歴欄を改めて見直した。
「マジか・・・」
八澤は唸る。
「うん。そうなんだよねえ。人は見た目ではわからないというか」
カイル・ノア・志水。
現在二十三歳。
「まあ、もうすぐ二十四歳だから、大丈夫」
「なにが大丈夫なのか、今ここで聞いても無駄なんだろうな・・・」
自分もこの世界ではたいがい若造だが、これは。
「ふふ」
白い花が咲いたような、それはそれは清らかで無邪気な笑みを宮坂は浮かべた。
とんでもない悪魔だ、この男。
広く、手入れの行き届いた庭。
木々の向こうに見える、由緒ありげな茶室。
窓ガラス越しに見える風景に、伝統と格式が表れていた。
「これが、十六代続く和菓子屋の本宅か…」
八澤は軽く息をついた。
この部屋の設えにしても、そうだ。
来客用に洋間の形を成しているが、基本は和。
上質のものをうまく組み合わせてあり、品の良さを感じる。
普段はホテルの一室や本店の会議室での打ち合わせだったらしいが、迎えの車に乗り込み案内されたのは志水家の広い敷地内にある新築の離れの一室だった。
「まあ、ここに入れてくれたってことはサクッと締結かな」
にいと宮坂は口角を上げた。
「それにしても、俺が想像したより資産があるな」
行き詰っている感じはしない。
浪費しているようにも見えない。
余裕があるのだ。
この空間全体に漂う空気に。
「ふふ。ほんとに八澤は面白いね。君のなぜなにについてはこれからのお楽しみ」
・・・こいつ。
遊んでやがる。
だが宮坂は社長で、自分はあくまでも雇われ人だ。
しかも、やることなすこと常人離れしている。
これくらいのことでいちいち腹を立てても仕方ない。
ひとつ深呼吸したところで、扉を叩く音がした。
「お待たせしました。『志水』です」
まず頭を下げつつ現れたスーツ姿の数名は事務方だろうか。
若くて四十代といったところで、いかにも老舗を守ってきた空気をまとっている。
「いえ、わざわざお迎えありがとうございました」
こちらも全員椅子から立ち上がり、挨拶を返した。
ネクタイをしっかり絞めて挑む彼らと向き合うと、てんでばらばらな自分たちの若さと緩さが際立つ。
「・・・これでよく話が進んだな」
八澤は心の中で呟くにとどめた。
最後に身をかがめてゆっくり入室してきた長身が真打だろう。
正面に立つ重鎮に会釈しながら、ちらりと入り口に目を向けた。
「本日は、ヨウコソ」
桃、いや、マンゴーか。
もし耳に味覚があったならばそう感じたに違いない。
ねっとりとした香りと甘さが鼓膜を通って喉に広がり、鼻を抜けていく。
なんなんだ。
この、深くて甘すぎる声は。
「ハジメマシテのカタもおられマスネ?」
もともと、日本語は極端に母音が少ない。
周波数も低い。
他言語の人にとって発音することは難しいだろう。
しかし、そのたどたどしい言葉の一つ一つに色を感じる。
「ワタシが、シャチョーの・・・」
そして、この圧倒的な。
「カイル・ノア・シミズ、デス」
王者の風格。
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