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半ば無理矢理『同じ趣味が合う者同士じゃないか』認定されてからと言うもの、何かにつけて二人であちこち出掛けたものだ。
華蓮はアルコールに際限がなく、一旦飲み出すとベロンベロンになるまで止まらない。だから『飯を食いに行こう!』と言われれば、無条件で運転手は僕だった。
泥酔し、まるでクラゲみたいに脱力した華蓮を抱き上げるのがセクハラのようで困惑したのも最初のうちだけ。すぐに慣れ、何という事もなく担いで華蓮のマンションに行き、そのままベッドに放り込んで鍵を掛けて帰るのが『その日の最終業務』だった。
彼女のクルマにも乗せて貰ったし、僕のクルマにも乗せてドライブへ出掛けた。時には『美味しいコーヒー店があるから』と騙され、たかがコーヒー1杯のために片道300キロを走った事もあったっけ。 帰り際に僕の隣でグウグウと寝る横顔を見て、僕は疲れた頭で『こいつ、アホじゃないか?』と心底呆れたものだ。
他に『これ』という趣味があるでなし、何かというと彼女の好き勝手に付き合わされていた日々。
だがそれも、今となっては懐かしさで笑いが込み上げてくる。
……ああ、正直に言えば『楽しかった』。特に苦労だと思った事はない。
そんな日々が急転したのは、先月の事だ。
その日はいつになく華蓮の機嫌が悪かったので、僕は「何かあったのか」と尋ねたんだ。すると。
「……私、ドイツ支社に転勤するんだって」
華蓮はドアの窓ガラスから横目で外を眺めながら、まるで他人ごとのように呟いた。
「ド……ドイツって」
思わず言葉に詰まる。確かに、『誰かが行くことになる』と小耳に挟んではいたが……。
……いや、実を言えば予感はあった。向こうの出して来ていた『要望』に沿う人材が、華蓮そのものだったからだ。
「なーんで、私なんだろうねぇ……。3年間限定らしいけどさ」
全く無関心のように溜め息を吐く。
「……聞いた話だけど」
僕も華蓮の顔を見ないように横を向く。
「向こうさんは、商品のプレゼンテーションで『日本らしさ』をアピールするために『ドイツ語が多少でも出来て』かつ『和服が似合って社交性のある若い女性』が要望なんだって。華蓮は大学の第二外国語でドイツ語を選択してたんだろ?……だとすれば、他に適任はいないと思うよ……僕もさ」
華蓮は上背も僕と大差ないほどあるし、スラっとして肩幅が狭く如何にも和服が合いそうな雰囲気がある。そして、無遠慮を社交性と言い換えるのなら『うってつけ』というものだろう。
「そっかぁ……まぁ、本場のシュバルツビールとシュヴァルツカッツワイン、それにソーセージが美味しければ、それでいいかなぁ……」
……どうしても『飲む』話は避けられないらしい。
そして、その日の会話はそれっきり。後は終始無言の気まずい雰囲気……。
華蓮の転勤は本当に唐突で、2週間もしないうちに機上の人となった。
マンションの中身はリサイクル業者に『全部持ってけ』で丸投げしたそうだ。
あまりにバタバタしてて、僕らはサヨナラパーティーを開く時間すら無かった。……いや、多分それは理由じゃない。
『暫く会えなくなる』というという事実を、お互いに認めたく無かったというのが本音なんだ。……少なくとも、僕はそうだった。
僕の週末に、空虚と静寂が訪れる。
酔っ払って馬鹿笑いし、急に頭を叩いてくるアホなヤツが真ん前にいない。
僕がどんなに体調が悪くて寝込んでいても「アイスクリームの名店があるんだって! さぁ行くよ!」と腕を引っ張る自己中な女が横にいない。
『楽』と言えばそうなのだろうが。
ふと、土の上でポツンと座っていた華蓮の愛車を思い出す。
あれも、多分『直す』となるとお金が要るんだろうな……きっと。
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