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「ええ! 何ですか、それ! 『50万円』……って。このクルマの車検を通すのに、そんな大金が要るんですか?」
僕は思わず整備工場のオヤジに聞き返した。
父の代からお世話になっている懇意の自動車整備工場。如何にも職人風情なオヤジがタバコをくゆらせながら「よっこいしょ」とタイヤの傍に腰を下ろす。
「まぁ……仕方ねぇよ。何しろ走行距離が『ほぼ10万キロ』だからなぁ。買った時にいくつだったって? 8万? ああそうかい。それが『1年半で10万キロ』だから『丁度そんなもの』だろうよ」
オヤジはさも当然そうにしているが、貯金もままならない社会人2年目の僕に、しれっと『車検費用50万円』だなんて! まるで人質とった誘拐犯みたいなセリフに聞こえる。
「いや、でも、普通はそんなにしないんじゃ?」
「ああ『普通は』な。けど、今回はそうは行かない。まず、この車体下についてるゴムの『ブーツ』な。これが破れてやがる。どうしても劣化して割れるんだが、これだと車検が通らねぇ。交換しないとな……」
オヤジが屈みながら、車の下を指差した。
「それから、一番デカいのは何と言ってもアンタが言ってた『クラッチの入りが悪い』点だ。これはもう、クラッチそのものを交換しないと直らねぇ。大抵の車は下から変速機一式だけを外せるんだが、この車はチト特殊でな……エンジンごと取り外さないと交換出来ないんだ」
忌々しそうに、オヤジがタイヤをコツンと叩く。『相当厄介な』と顔に書いてあるのがアリアリと分かる。
「それからウォーターポンプに、タイミングベルトも交換時期に来てる。一緒に換えておかないと、後々壊れる原因になるな……。後はまぁ、細かい事を言えばワイパーや、タイヤの減り具合もなぁ……『あと2年持つか』と言われたら『NO』だね」
今度は「どっこいしょ」と掛け声をかけながら、オヤジがゆっくりと立ち上がった。
「……と、言う事だ。車検そのものは後6ヶ月ほど残ってるけど、本気で乗り続ける気なら『50万円』は最低ラインだな。スポーツ志向のクルマなんて、そんなモンよ。この手の『GTカー』に永く乗りたかったら『愛』が要るのさ、『愛車に対する深い愛』が!」
「愛、ですか……」
思わず絶句する僕の肩を、オヤジがポンと後ろから叩く。
「ま、どうするかはアンタ次第よ。よく考えときな」
……考えろ、と言われてもだ。
そもそも『このクルマ』を買った理由は『どうしてもこのクルマでないとダメ』ってものじゃない。単に社会人になって通勤にクルマが要るようになったから『何でもいいから安いヤツ』と思って近所の中古車に行って、店員に勧められるがままに『じゃぁこれで』と買ったまでだ。
何しろ、このクルマが『マニュアル車』だと気づいたのもハンコを押した後からだったほどだし。
「このクルマ、下取りに出したらいくらですか?」
恐る々尋ねてみる。買った時は総額60万円くらいだった記憶だが。
「ああ?下取り? 何言ってんだよ。こんなの買い手がつくハズないじゃんか。逆に処分費として5000円ほど貰わんとな」
素っ気なく袖にされる。
……何てこった。
このクルマと来たら、燃費はリッター8キロそこそこだし、税金も高ければ保険だって『事故が多い車種で』割高なんだ。まさかそこまで金食い虫とは!
このクルマで『いい思い出』と言えなくもないのは、『ひとつ』しか思い当たらない。
溜息を吐きつつ、表に出る。
冬の寒風が吹き付ける整備工場の脇には、整備待ちや処分するクルマが肩を寄せあって置かれていた。
……こうして、僕のクルマも廃車になるのか。
どれを見ても『一昔前』のクルマ達が、埃まみれで土の上に並んでいる。
……と、その中に。何処かで見たような古くて背の低いクルマが一台。
ん? これは……『まさか』!
何かピンと来るものがあって窓から中を覗き込む。
……間違いない。これは、僕の知っている『あのクルマ』だ。まさか、こんな所で出会うだなんて!
「オヤジさん、この黒いクルマは?」
やや興奮気味に指を差すと。
「ああ……それか。それな、返品するんだ。ネットオークションでオトしたんだが、意外に程度が悪くてな……」
『程度が悪いクルマ』には、たった今コリゴリしたばかりだが。
でも、『そのクルマ』から僕は暫し離れる事が出来なかった。
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