春風が吹くころに 4

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「ゲンちゃん……」 「いいからもってけ。金持ちのパパができるなら、いらないだろうけど」 「違う。こことここ、それからここも……お金引き出されてる。なにかに使ったの?」  あたしがところどころ出金されている数字をさすと、ゲンちゃんがちょっとあわてた。 「いや、ちょっと借りただけだよ。ほら、このあとちゃんと戻してあるだろ?」  ゲンちゃんが通帳をのぞきこんで、指をさす。あたしの頭とゲンちゃんの頭がくっつきそうになる。やっぱりゲンちゃんはタバコ臭い。  あたしはそっと通帳を閉じ、印鑑と一緒にバッグにしまった。 「ありがと。大切に使う」 「おう」 「でもあたし、大人になったらここに戻ってくるから」 「へ?」  ゲンちゃんがマヌケな声を出す。 「昨日の情けないゲンちゃん見たら、やっぱり考え変えた」  あたしは春の空気をすうっと吸い込み、言葉と一緒にそれをはく。 「なにができるようになったら、大人になるのかわかんないけど……ちゃんと進路決めて高校卒業したあと、とりあえずここに戻ってくるよ」  大人になったらあたしは自由だって、ナナちゃんが教えてくれた。  ゲンちゃんはあたしの前でぽかんと口を開けている。まったくしょうがない大人だな。  あたしはそんなしょうがないゲンちゃんに向かって、とどめを刺す。
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