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あたしはいつもの階段を駆け下りた。ちょっと荷物が重かったけど、足を止めずに駆け下りる。
ビルから外へ出て上を見上げた。青い空がいつもより遠い。ちょっと視線を動かすと、あたしの住んでいた屋上が見えた。だけどそこにゲンちゃんの姿はもう見えない。
あたしは小さく微笑んで、背中を向けた。そして振り向かないで歩く。
数年後の、こんなふうに春風が吹くころ、あたしはどんな大人になっているんだろう。
絶対素敵な大人になって、ゲンちゃんをびっくりさせてやるんだから。
そんな未来が見えるから、明日から始まる毎日も乗り越えていける。きっと乗り越えてやる。
青い空からなにかが降ってきた。顔を上げると、駅のそばの早咲きの桜がもう満開だった。
「わぁ……」
風に乗って、何枚かの花びらが落ちてくる。あの夜の、白い雪みたい。あたしは手のひらにのった花びらを、そっとやさしく握りしめた。
生ぬるくて、心地よかった、大切な思い出と一緒に――。
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