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10.鳥籠
「禊ぎは終わった」
隆人の言葉に木戸が開き、碧が平伏する。
「ありがとうございまする」
またその場で隆人と別れた。
びしょ濡れのまま、禊ぎ備えの間に戻ってきた遥は、柔らかいタオルで包み込まれるように体を拭かれた。
まずドライヤーで髪を乾かされた。その後、下帯も下着もなしに、肌着、長襦袢、白の絽の長着を着せ付けられた。当然角帯も白である。
世話係同士で鳳と凰の仕度ができたことを確認する。
また隆人や世話係と一緒に、屋敷内を移動することになる。
その行き先が、禊ぎ前に出てきた中奥とよばれる私室ではなく、最奥にあるという鳳凰の間であることは遥にもわかった。
五月の下旬に、遥は隆人と本邸を再び訪れている。
その時にこの屋敷の構造を説明された。
三棟に分かれていること。
中央棟は加賀谷本家のための建物であること。右翼棟は分家が秘事に関連して滞在するときに使用する部屋があること。左翼棟は五家の住まい兼仕事場であること。
中央棟は加賀谷本家の仕事場兼住まいとして、表と奥があること。
仕事場である表は隆人を訪ねてきた者に応対する場所で、誰でも通される。
奥は加賀谷本家の住まい等のため、分家も出入りが制限されていること。
更に奥は三つに分けられていること。前奥は加賀谷本家の住まい、中奥は鳳と凰の住まい、最奥は儀式のための鳳凰の間があること。
他に大広間や道場があること。
「覚えきれない」と遥がぼやいたら、隆人に「たとえ非常時でも、お前が一人で中を歩くことはないから安心しろ」と言われた。
確かにそれまで、必ず世話係の誰かが付き添っている。更に隆人が言葉を続けた。
「道場は縁がないだろうし、大広間は御披露目で使ったからいいな。最奥は夏に見せてやろう」
そして今日である。
今回は先頭に樺沢の姉妹が並んで先に立った。その手には行灯のような据え置き型の灯りがある。ほのかな蝋の燃える匂いからすると本当に行灯なのかもしれない。
姉妹に続いて隆人、遥、その後ろにやはり行灯を持った則之と諒である。
廊下を巡ると一段上がった部屋があるのがわかった。碧と紫が襖の両側に正座した。そして両方から開き、六畳程の部屋へ隆人がまず一段上がる。続いて遥が入った。すると後ろの襖は閉められた。
暗い。
天井灯はなく、代わりに碧たち世話係が持ってきた行灯が、部屋の四隅に置かれた。
隆人は更に一段上がる奥の間へ続く襖の前に立った。
碧と紫が奥へ続く襖の手かけに手を添えた。
「開けよ」
隆人が命じる。
「ご覧じくださいませ」
二人が息を合わせて、襖を開けた。
広間の真ん中に檻があった。
この広間自体は一面がずっと障子で十分に明るかった。だから尚更、小上がりのように一段上がった小座敷は異様だった。
その部分だけ天井から何本もの黒光りする柱が立てられ、檻のように仕切られている。言い換えれば室内に座敷牢があるようなものだった。
「ずいぶん悪趣味じゃないか」
「口を慎め」
鋭く隆人に咎められ、遥は唇を結んだ。
隆人が広間に上がって、振り返った。
「来よ、わが凰よ」
求めに応じて、遥も一段上がった。背後でするすると襖が立て切られた。
「楽にしていいぞ」
隆人がの言葉に、遥はそこを見つめたまま訊ねた。
「あれ、何?」
「ここが鳳凰の間で、あれは凰の座所、蔑称鳥籠だ」
「蔑称?」
隆人が真っ直ぐ鳥籠へ向かう。
「ああ、儀式の間、凰を監禁していたからな」
遥は近づくのをためらった。
「どうした?」
振り向いた隆人を上目に見る。
「陰気な雰囲気がして、何だか気持ち悪い」
「それはそうかもしれないな。お前のようになりたくないのに凰になった者も長い歴史の中にはいる。その恨みがこもっていないとは言い切れない」
「嫌なこと言うなよ。俺も入らなくちゃいけないんだろう」
「形だけな」
手招きする隆人のもとに仕方なく歩み寄った。
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