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12.願い
朝食の膳が運ばれてきた。
精進潔斎ということなのか、少なめのご飯にエノキやシメジ、マイタケの入った味噌汁、高野豆腐に香の物だけだ。
とはいえ緊張しているのだろう。今日の遥にはそれで十分だった。
一番の苦痛は、何もすることがないので時間の流れが遅く感じることだった。
隆人との会話は禁じられなかったが、いざ面と向かうと何を話せばいいのかわからない。
隆人からも特に何も話さない。ただ黙って目を閉じ、鳥籠の前に座しているだけだ。
ふと思いついたことがあった。
機嫌を損ねないように呼びかける。
「隆人さん」
隆人が目を開けた。
「珍しいな、お前がそんなふうに呼びかけてくるのは」
「そりゃ、たまには」
遥は尖らせそうになる唇を指先で押さえた。
隆人が問う。
「話は何だ?」
「俊介のことなんだけど」
隆人がいぶかしげに眉をひそめる。
「どうかしたか?」
「結婚相手は隆人さんが世話をするのか?」
隆人が、ゆっくりと訊ねた。
「なぜそんなことをお前が気にする?」
隆人の目が何だか怖い。
しかし、このように威圧されると遥の中の反発心が頭をもたげる。
「それは、桜木家は俊介を筆頭に適齢期の男性が何人もいるわけだし、一番先頭が結婚しないと後がつかえるだろう?
それに桜木当主は子どもに伝えなくてはいけないことがあると聞いた。なら、さっさと俊介が片付かないといけない。でも浮いた噂はないという話も聞いた。しかも相手は一族内でなくてはいけないとも。
なら、隆人さんが探すしかないんじゃないのか?」
隆人はしばらく黙っていたが、やがて「そうだな」と言った。
遥は本音をもらした。
「俺は俊介の子どもを抱っこしたい」
隆人が目を丸くした。たたみかけるように言葉をつむぐ。
「俺自身の子どもが持てないんだから、仕方ないだろう。俊介は俺のお気に入りだ。俊介の子どもなら男の子でも女の子でもいい、赤ん坊を抱っこしてみたい」
隆人がため息をついた。
「なるほどな」
「悪いか?」
「いや。だが、それを俊介に言ったのか?」
「言った」
「困っていただろう」
「よく覚えていない。風邪を引いていたときだったから」
遥はほんの少し嘘をついた。昨日、俊介にはまた言ってしまっている。それを隆人が知ることはないだろうが。
「そうか」
隆人の視線が一度外れてから、また遥に戻ってきた。
「お前にそういう願いがあると言うことは承知した。が、叶うかどうかは別だ。結婚は縁や相性だからな」
「それは、確かに」
隆人が話を打ち切った。
「十一時に昼の禊ぎだ。そのうち声がかかるだろう」
遥は隆人を上目に見る。
「こんどは滝行、あるのか」
「ない。安心したか?」
隆人が微かに笑った。
「ああ」
遥も笑い返した。
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