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ベランダとアイスティー 短編/完結
灼熱の太陽がアスファルトに反射するこの季節、
一時の安らぎを与えるように、月明かりが優しく降り注いでいる。
少し涼しい夜風がそよぎ、ベランダの手すりはひんやりとした感触を帯びていた。
右手にはアイスティー。
グラスに入った琥珀色が闇夜に浮かび上がり、夜風が吹くたびに氷が鈴の音を奏でている。
そう高くないこのベランダから眼下を見下ろしていると、
様々な登場人物達が現れては消え、色とりどりのドラマを現出してくれる。
―*―*―*―*―
ビニール袋を二つさげた母親と思しき女性、傍らには小学生くらいの子供が寄り添っていた。
この時間に買い物帰り、もしかしたら母子家庭なのかもしれない。
子供は常に母親の半歩前を歩きながら、上目使いで母親に微笑みかける。
母は少し腰を折って優しく言葉を投げかけている。
磁石のように離れては寄り添う二人の影は、
このベランダから見て三つめの街灯に照らされたのを最後に見えなくなった。
夏の夜、家路を楽しむ母と子の団欒の時。
―*―*―*―*―
街灯のもと、3人の人影の中で1人が別れを告げ、闇夜に消えていった。
高校生?、いや、中学生の少女達だ。
彼女達の貫けるようなソプラノの話し声は、このベランダにまで確実に響いてきた。
今別れた娘の悪口を盛んに言い合っている。
おそらくこの2人、大して中が良いとは言い難いのであろう。
持て余した微妙な間を、第3者の悪口で埋めようとしている様子が伝わってくる。
こういう場合、先に別れた者が生け贄になるものである。
内心早く別れたいと思いながら、あの話題だけを頼りに歩みを進めるのだろう。
彼女達の笑い声は、街灯の光に伸びた影と共に消えていく。
―*―*―*―*―
彼女達の背中を追っていると、2人の人影が街灯にまで及んでいた。
手をつないだ若い男女。
諸国に比べ治安が良好とはいえ、夜道にはいかなる危険が潜んでいるか分からない。
しかし、その手を強く結んだ彼らは、根拠の無い強烈な安息の中にいるのかもしれない。
彼らがこの先辿る運命など神のみぞ知るところであろう。
何年か先の未来、今日の思い出は彼らにとっていかに記憶されるのだろうか?。
月明かりの下、真夏の夜の夢……。
―*―*―*―*―
琥珀色の液体の中で、また一つ、氷が静かに気泡と化した。
冷たかったグラスは、いつの間にか体温と同化している。
わたしは闇夜の虚空に左手をかざした。
五本の指の真ん中には、まだ新しいリングが誇らしく輝いている。
わたしは……今幸せ。
人間という生き物は、自らが幸福な状態の時のみ、他者のドラマを冷静に観察し、感情を移せるもの。
だからわたしは、今、この幸せな時に、ゆっくりと人々が奏でるドラマを見ておきたいと思う。
灼熱の太陽が照りつけるこの季節、束の間の夜風と月明かりの下、
少しだけ甘いこのアイスティーを飲み干すまで。
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