まるで天変地異

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 「先輩、やっぱり空き教室に行きましょう」  「ま、待てよ啓吾!」  背を向け歩き出す啓吾の腕を那智は無意識に掴みとめていた。  「...離せよ」  そんな那智を啓吾は冷めた目で一瞥し、ドスの聞いた低い声でそう言ってきた。  ―こんな啓吾、俺は知らない。  啓吾に会った瞬間は驚きが勝って気がつかなかったが...啓吾は雰囲気が少し変わっていた。  中のYシャツはボタンを2つ開けて学ランは1つもボタンを閉めずに腕を通しているだけの状態だった。  表情も暗く、前の能天気な姿など想像もできない...うわさ通りの、姿だった。  「嫌だ。離さねぇ」  でも...それでもこいつは啓吾だ。それに変わりはない。  それにここでこの手を離してはいけない...直感でそう思った那智は掴んでいる手に力を込め握り締める。  「清水君...」  「...すいません先輩、今日のところは帰ってもらってもいいすか」  すると戸惑っている先輩に向かって啓吾はあまり感情のこもっていない声でそう告げた。  先輩は最初その言葉を素直に聞こうとはしなかったが、しばらくすると諦めたのか溜息をして啓吾に何かを耳元で言うとそのまま軽やかに踵を返していった。  「あ、あのさ啓吾...」  「それじゃあ、俺も帰るから」  しかし俺が聞く前に手の力が緩んだ隙をついて啓吾は俺の手を振り払うと背を向け歩き出した。  まるで何も聞きたくないし話したくもない。そう言っているかのように。  「な...なんなんだよお前...っ、なんでそうやって急に俺と距離を置こうとしてんだよ!ほんと意味わかんねぇ」  「...」  那智は溜まっていた感情をそのまま露わにして叫ぶように言った。  すると啓吾立ち止まったが、こちらを見ることはしなかった。  「それになんだよさっきの先輩は...お前、今すごい女たらしだって聞いた...さっきの先輩もそういう目的で一緒にいたのかよ」  話しながらゆっくりと啓吾に近づいていく。 一度感情を表に出すと、歯止めが効かなくなり想いが溢れだしてくる。  「なぁ、なんとか言えよ!なんでそんなになったんだよ!なんで俺のこと...避けたりするんだよ...っ」  「...いいたいことはそれだけか」  「...はっ?」  すぐ後ろに近づいた時、啓吾はゆっくりとこちらを向いてきた。———と、同時に那智は強く腕を掴まれた。啓吾はすぐ目の前にあった空き教室の扉を開けるとそこへ那智を放り投げた。  「痛っ、なにすん...うぐっ!」  床に腰を打ちつけ痛みに耐えながらも再び立ち上がろうとしたが、急に脇腹に痛みが走り那智は脇腹を押えて床に倒れた。  ―啓吾に、蹴られた...?  生理的な涙を浮かべながらこの痛みを与えた張本人を睨んだ。  「なん...で...う゛っ!」  だが啓吾は何を答えるまでもなく今度は腹を蹴ってきた。  ―なんで...何でこんなことするんだよ、お前が...こんな、  「俺が何をしたって...」  すると啓吾は蹴るのをやめ、ニヒルに笑いながら那智の上に跨ってきた。そしてゆっくりと顔を近づけてくる。  「何をしたかだって?はははっ、なんでだろうな。それよりもさ、相手しろよ。あの先輩の代わりに、お前が」  「っ、な...何言って、」  一瞬啓吾の言っている意味がわからなかった。  相手をしろ...?先輩の代わりに...?  「変な冗談言うなよ...まじ、笑えない」  那智は冷や汗を掻きながらなんとか啓吾が発した言葉を受け流そうとした。  でも啓吾はただニヒルに笑っているだけだった。  そんな啓吾に那智は蹴られた時には感じなかった恐怖感を感じた。  「い...嫌だっ、嫌だ...そんなこと、したくない...っ、」  それと同時に那智は上に跨っている啓吾をなんとか自分からどかそうと腕を振り上げ殴ろうとした。  しかしその前に両手首を掴まれ上にまとめられる。そうして那智の抵抗は一瞬にして止められてしまった。  「俺が怖い...?那智、」  啓吾はそう呟きながら那智の首元に顔を近づけ、キスを落としていく。  「嫌だ、嫌だ嫌だ...っ、やめろ!...やめろよ啓吾っ!...う゛くっ、ぁ...」  堪らず大声で叫べば、啓吾は容赦なく那智の頬を殴って黙らせた。  殴られた痛さに呻く声を那智は止められない。口元が切れたのか口内には僅かに血の味が広がった。  「うるせぇな。黙れよ、それとも何、殴られたいのかよ」  先程とは違い、少し苛立った声音で啓吾は冷たく言い放つ。  それによって那智の中では啓吾への恐怖感が少しずつ、大きく膨れあがっていく。  目の前の男は誰だ。俺は知らない...こんな啓吾は知らない。  抵抗すれば殴られる。それは容赦がないもので痛みに慣れていない那智にとって酷い苦痛だった。  こんな暴力も冷たい言葉も感情のこもっていない表情も、全て知らないものだった。  啓吾は小さい頃からずっと一緒にいた大切な幼馴染で那智にとっては特別な存在で...もうわけがわからなかった。  那智の思考はフリーズ寸前だった。  「そうそう。最初から大人しくしてればいいんだよ」  「ぅ...ん、」  恐怖で固まる那智を見て、啓吾は目を細めて笑むとその唇を塞いできた。  信じられない行為の延長に那智の目は見開き、すぐ目の前にある啓吾の顔を見る。  その行為が嫌で、啓吾の舌を口内に入れまいと頑なに口を閉じ続けた。  「っん゛ん...ん、ふっ...ぁ、」  すると啓吾は空いている方の手で那智の鼻を塞いだ。案の定、那智はその苦しさに堪らず、空気を求めて口を開く。  その隙を窺って啓吾の舌が口内へと侵入してきた。  肉厚なそれは歯列をなぞり、後ろに引いていた舌を強く吸い上げてきた。  「ふ...ぅん、」  激しい啓吾とのキスに那智はつい声をもらしてしまい、そのことに対して啓吾は楽しそうに笑んだ。  不可抗力とはいえ、那智は羞恥と悔しさで目に涙の膜をはらせた。  なんで俺は啓吾にこんなことをされているんだ。何で啓吾は俺にこんなことをしてくるんだ。  俺は、どこで言葉の選択肢を間違えてしまったんだ...。  那智は何もわからないまま、ただただ無情に流れていくチャイムの音を耳の端でとらえていた。
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