下っ端1号

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下っ端1号

 季節は春。自然界の生き物が春の暖かさで騒いでいる時、俺は1人教室の前で固まっていた。  理由は1つ。  目の当たりにしてしまったからだ...彼女の浮気現場を。  俺、児玉(コダマ) 那智(ナチ)は幼少の頃からずっとモテていた。 幼稚園の頃も小学生の頃も中学生の頃も、とにかくずっとだ。  告白するのはいつも相手から。そして別れを告げるのはいつも那智。  — 俺がフラれる?...そんなのありえない。  だがそんな生活をしていた那智もつい昨日、呆気なくフラれてしまった。  彼女の浮気現場を見てしまい、教室のドアの前で固まる俺に彼女は小走りに近づいてこう言ってきた。  『私ね本気になっちゃったから、那智...別れよう。』  別段、彼女のことが本気で好きだった、というわけでもなかったため別れること自体は何とも思わなかった。  重要なのは別れた理由だ。それが男絡みとくれば...那智のショックは壮絶なものでプライドは深く傷つけられる。  そして、傷ついた那智の怒りの矛先は...——— 彼女を寝取った男にも向けられた。  名前は(ミナト) 琉依(ルイ)。女遊びで有名な男のことは那智も存在は知っていた。  胸に滞る苛立ちを晴らすため、那智は朝早くに学校に着くなりその男の元へ向かう。  廊下を数歩進んだ先にある隣のクラスが目的地だ。しかし...  「あ、彼女を俺に寝取られた児玉 那智君だ」  教室に向かうこともなく廊下に出た瞬間そう声を掛けられた。それは今しがた会いに行こうと思っていた男の声。  すぐさま那智はその声の方を向く。  「おはよう、モテ男君」  ニヤリとした笑みを含めてその男はこちらを見てきていた。その笑みその皮肉に那智の目つきは鋭いものとなる。  「で...出たな湊 琉依!ちょっと顔貸せ」    「はいはい、」  苛々としながらも湊の腕を掴むとグイッと強く引っ張っていった。  とりあえず、邪魔が入ることを防ぐために人気の少ない教室まで湊を連れていった。  その間も湊は何の抵抗も見せずにあっさりとついてきた。 そして会話もないまま空き教室に着き、俺は乱暴にドアを開け湊共々中へと入った。  「それで話って何」  端に寄せて片付けられていた椅子を1つ出し、腰をかけた湊はスマホをいじりながらそう、問うてきた。  そんな湊の舐めた様子に余計に腹が立ち、苛立った感情は溢れだすかのように那智の口から漏れ出す。  「何すっとぼけてるんだよ!さっき自分でも彼女を寝取ったって言ってたくせに!俺がどんだけ傷ついたと思って...」  「そんなの俺には関係ないね。ってかあの後結局彼女と別れたらしいけど、それもお前のことは遊びだったからじゃないの?」  声を荒げている那智とは打って変わって湊は冷静にものを言ってくる。  「それを俺のせいにされても困るんだけど。先に誘ってきたのは向こうだし」  反抗する隙も与えないままそう言い切られて、ついに那智は怒りで顔が真っ赤になり声にならない声を出した。  — こいつ、開き直って謝りもしないのかよ!この、ヤリチン野郎!  ついに言い返そうと口を開けた瞬間、湊は急に立ち上がり、那智の肩を掴むとそのまま壁に押し付けてきた。  「っ!な、なんだよ!?」  強く掴まれた肩から手を払い除けようとしたが、相手の力が強く情けないことにどうすることもできなかった。  — 俺の男としてのプライドがことごとく打ち崩されていく...!重ね重ねこの野郎!  強く湊を睨みつけるが当の本人は何も気にしていない様子でこちらを見てきていた。  「そんなに俺のことがムカつく?」  「当たり前だろ!!」  「ふーん、じゃあ俺のこと殴りたいとかって思ってるの?」  「ああ!もう、ボッコボコに!」  「それは困る。俺、暴力反対だから」  「何が暴力反対だ!嘘を吐くのもほどほどにしろ!」  湊が暴力反対なんてふざけている。女絡みで相手の彼氏が出てきてそのまま殴り合いの喧嘩になったなんて話も聞くぐらいなのに。  正直言うと本気で喧嘩したら湊に圧倒的な差で負けるだろうということは分かっていただけに、できることは虚勢を張ることだけであった。  「嘘じゃないさ。暴力は好きじゃない。俺はちゃんと時と場合を選んでやっているさ」  「意味わかんねぇ、とにかく俺は殴る!一発殴らせろ!」  「嫌だよ。それに殴るなんてお前ができんのかよ。それより別の方法で解決しようぜ?」  そういい湊は騒ぐ那智のことも無視して何か考えてしばらく、何か閃いたような顔をした。  「俺は殴られるのは嫌だけど、お前は俺のことが殴りたい。...そして俺に対してすごい苛立ってるんだろ?」  「あぁ、そうだ」  「じゃあさ、俺のことパシリにしていいよ。期限は3週間」  「...はっ!?」  何言ってんだこいつ。パシリって...  湊が言った提案に那智は頭がついていかず、目が点になってしまう。  「だから暴力なしで解決したいからな。お前からしたらいい話じゃねぇか?」  — こいつをパシリ...ってことは、俺はこいつを雑用として好きに色々できるってことで...  それはすばらしい。...そう思い了承の返事を出そうとしたとき湊が先に言葉を発してきた。  「ただし、条件がある」  「条件?なんでだよ!なんでお前に条件なんて出されなきゃいけないんだよ!」  「いいか、お前は俺だけを責めているが、お前の元カノだって悪いんだぞ。誘ってきたのはあっちだし、お前に別れを切りだしたのも元カノさんだ」  「んん、まぁ...」  「それなのに児玉は、全部の理由を俺のせいにしてくる。俺ばかりを責めてお前は自分が俺に対して理不尽なことを言っているな、とは思わないのか?俺は人の彼女とヤッたことに関してだけ詫びはいれるがお前の元カノの尻拭いまではしないぞ」  確かに、そういう湊の主張は正論だった。正しい...潔く認めよう。湊は事実を述べている。湊の迫力に負け思わずそう思ってしまう。  「...わかったよ。で、条件って何、」  「条件は俺がお前のパシリになる3週間誰とも付き合ったりしないこと」  「...は?なんで、」  「理由必要?てか、その条件飲むだけで俺のことパシれるんだからいいもんじゃねぇか」  「うう゛...じゃあ、その条件...呑む」  そして那智はその条件を渋々ながらも了承した。やはりこの目の前の男を好きに扱えるなんて捨てがたい程に魅力的なことなのだ。  それに3週間彼女を作らなければいいだけのことだし...。  「それじゃあ、お互い合意ってわけで。明日からよろしくなー、」  「...。」  湊は肩から手を離すと、そのままどこかへ消えていってしまった。  「なんで自分がパシラれるのにあんな呑気なんだよ...」  湊から感じる余裕っぷりに余計に俺はイラつき度が増した。  「明日から3週間...」  あいつに命令しまくってあの余裕な調子を崩してやる。  今からあの男の困り果てる顔が目に浮かぶぞ。  その姿を想像し高らかに笑うと、高揚とした気持ちのまま那智は教室へと戻っていった。
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