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 小山十郎(こやまじゅうろう)は気がつくと列車の座席にすわっていた。コンパートメント席の窓際の席にすわり、車窓から遠くに連なる山やま、近くに見えるのは緑の野の丘、空の青と同じ色をした湖を走る列車の車窓から眼下に眺めていた。  山の裾野は緑色に映え、灰色の岩肌は万年雪をまとい、てっぺんの頂には棚引く旗のように雲がかかっている。――その姿が湖にも映っている。 雲の隙間から太陽が顔を覗かせて、水面で反射し、まぶしく光った。  十郎は目を逸らし、車内にもどした。  すると、真向かいの席に、こどもがふたりいるのがわかった。まだ幼い女の子が座席から立ちあがって、窓の縁に手を置き、外の景色を眺めている。陽光に目を細め、照った頬は温められて赤くなっている。だが、窓の縁に置いた手は、生気のない青白い色をしていた。 十郎は、もうひとりのこどもに視線をかえた。女の子よりは、いくぶん大きくみえる男の子が、コンパートメント席の緑色の座席に浅くすわって、車窓のほうに首をひねって、外の景色を眺めている。髪は乱れ、頬はこけ、口唇に荒れた箇所がある。ふたりともがパジャマ姿で、そこらじゅうに汚れの染みがあり、油分の抜けきった乱髪の対極にある足は、素足でどこにも履物は見あたらない。  女の子がきゃっきゃっと顔をほころばせた。男の子が女の子を愛おしそうに見つめている。 十郎は不審におもった。幼いこどもが、ふたりだけで自分といっしょにこの区切った座席にいることを。 「おとうさんと、おかあさんは?」十郎はふたりに声を掛けた。  男の子のほうが十郎に顔を向けてきた。
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