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「メーデー! メーデー! メーデー!」  東北地方――岩手県の太平洋側、三陸海岸の沖、陸地からおよそ八十キロメートル離れた航空自衛隊・北部航空方面訓練水域の上空で、訓練飛行中だった航空自衛隊三沢基地所属のF35ステルス戦闘機が制御を失っていた。 「機体のコントロールがきかない!」F35のコックピットで三沢基地・第三○二飛行隊のパイロット小山十郎(こやまじゅうろう)二等空佐はフライトヘルメットのマイクに向かって言った。 『こちら北部航空方面司令部。状況はこちらもモニターで確認している。機体から多数アラートが発報している』 と、司令部の応答に小山十郎二等空佐は言う。「視界が確保できない! 目の前が回っている!」  いま、かれの目の前では天と地が猛スピードで入れ替わっている。 『――こちら北部航空方面司令部。モニターでは、機体が錐揉み状態で落下しているもよう! 小山二等空佐! 緊急脱出せよ(ベイルアウト)!』  ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に映るコンピューターグラフィック(CG)の機体は静止(ホールド)していた。機外で目まぐるしく反応するセンサーにウェアラブルコンピューターは、いまの機体の姿勢を表示することをもはや放棄していた。時速は559.23マイル(およそ900km/h)の表示。姿勢指示表示と方位表示、高度表示はでたらめに回り、続けざまにあたらしいエラーが次つぎと表示されてくる。  小山十郎はバイザーを上げた。かれはコックピットのパネルに目を走らす。パネルのGメータ(加速度計)が目に飛びこんできた。Gの数値は6Gを指していた。  かれの首の上から熱が消えていく。――ブラックアウトだ。この状態では、ものの数秒で意識を失ってしまうだろう。そうなっては機体を立てなおすどころではない。 『小山二等空佐! 緊急脱出せよ! 繰りかえす! ただちに脱出せよ(ベイルアウト)!』  小山十郎は司令部からの指示に頭のなかで応えただけだった。なぜなら、かれにはそれしかしようがなかったからだ。頭部が首からもげそうなくらい散ざん振りまわされて、すでに意識は朦朧(もうろう)となり、操縦桿を握る手も硬直している。射出座席の操作レバーに手を移動することはもはや不可能なことだった。かれは操縦桿にだけ意識を集中し、機体のコントロールを試みた。 ――意識が薄れてゆく。コックピットの視界には太陽の光を照りかえす大海原が迫る。戦闘機・F35が急降下する。視界が筒の中を覗くように狭くなる。――いままさに、かれは海の藻屑になろうとしていた。  小山十郎は目の前が真っ暗になった――
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