鶏口となるも牛後となるなかれ

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 この間の試合以降、三池は練習にあまり顔を出さず、ラウンジでたそがれていた。中学で剣道を始めて以来、一位になりたいと思って頑張って続けてきた。それなりの努力をし、インターハイにも出場した。しかし改めて考えてみると、剣道はメジャーなスポーツで人口も多い。漠然と日本一になりたいという目標だったが、全国レベルに到達する人ですらほんの一握りなのだ。そんなことを考えていると語学で一緒の佐藤が声をかけてきた。 「あれ、三池くん何してんの。今日は練習ないの?」  佐藤は不思議そうに三池を見つめている。 「いや、実は部活を辞めようかなって思ってるんだ。ついていけなくなっちゃってさ。これが挫折ってやつなのかな」  三池はハハハと自嘲してみせた。 「あ、そうだったんだ。ごめんね、知らなくて。でもさ、それならスポーツチャンバラやってみない?」 「チャンバラ? ああ、そういえば授業の自己紹介で言ってたね。みんなすごいウケてたやつ」  三池は最初の授業で佐藤が自己紹介していたのを思い出した。なんだそれとみんな小馬鹿にしたような笑い声を上げていた。 「うん。でも結構楽しいんだよ。私も大学で始めたばっかりなんだけど。新人戦で金メダルも貰ったんだ」 「え、優勝したの?」  三池は目を丸くした。 「うん、種目がたくさんあって、その中の一つだけど。でもやっぱ貰えないより貰えたほうが嬉しいよね」 「一位はすごいね。ま、チャンバラなんて人数も少ないんだろうけどさ」  三池は剣道という公認スポーツをやってきたプライドがある。チャンバラなどというお遊びと一緒にしてもらいたくない気持ちがあり、授業で佐藤を馬鹿にした連中と同様の態度を示した。 「そんなことないよ! 女子は確かに少なめだけど、男子は意外と多くて強くないと勝てないんだから!」  案の定佐藤はムキになって言い返してきた。 「世界大会だってあるんだから」  佐藤は付け加えるように呟いたが、三池はその言葉に耳がピクリと動いた。 「チャンバラの世界大会? 日本人しかいなさそう」  一位に拘っている三池にとって、世界というワードは魅力に感じた。しかし三池の立場上、似非剣道は揶揄しなければならず、皮肉を漏らした。 「もちろん日本人が一番多いけど、ロシア、イタリア、フランス、中国、他にもたくさんあるんだから! しかも外人は背が高いから、結構日本人より強いのよ!」  三池はまったく知らなかったため、素直に感心した。 「へぇ、それはちょっと面白そうだね」  しかしようやく少し面白そうと思えるようにはなったが、やはりお遊びであることには変わりはない。そんな三池の気持ちを知らず、お世辞に気を良くしたのか、佐藤は三池をチャンバラサークルに招待した。 「でしょ、三池くんもとりあえず体験してみなよ。じゃあ練習日はまたメールしとくね」  三池の意向も聞かず勝手に参加を決めてしまうと、佐藤はササッと手を振った。 「え、ちょっと待ってよ…」  三池が言い終わる前に佐藤は背を向け去っていった。
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