鶏口となるも牛後となるなかれ

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 「三池と申します。剣道を6年やってました。本日はよろしくお願いします」  あれから佐藤に流されるまま三池はチャンバラの体験会へ来ていた。主将は井上という眼鏡で細身の気の優しそうな人であった。 「三池くんよろしくね。剣道出身者は他にも結構いるからお気楽にね。じゃあ基本的な説明をするよ」  三池は剣道の経歴を軽く流されたことに多少の苛立ちを覚えた。チャンバラなど剣道の下位互換ではないか。自分という貴重な戦力が入部するかもしれないのに、ありがたそうな態度を微塵も見せないとは。しかし井上は三池にはお構いなくルールを説明し始めた。 「チャンバラは空気を入れたゴムの剣で戦うんだ。これでどこでもいいから相手に当てれば勝ち。以上」 「え、それだけですか……?」  三池はあまりにも投げやりな説明に呆気に取られた。 「うん、基本的にはね。ただどこでもっていうのが重要なんだ。特にチャンバラは足を打って勝負が決まりやすい。構えた時に一番前に出やすい部位だからね。それから防具は面だけ。胴も靴も靴下も一切身につけないよ」 「え、痛くないんですか?」 「まあ剣の根元だと痛い時もあるけど、普通は全然痛くないよ。ちょっと叩くよ。……ほらね?」 「へえ、よくできた剣ですね」  三池は感心のため息を漏らした。 「あとは得物、武器のことだけど、これが何種類もあるね。小太刀、長剣、二刀、槍、棒、盾……」  井上は指を折って数え始めた。色々な得物を見せられた三池は実際にワクワクしていた。井上によると種類ごとに競技があり、その分だけチャンスがあるという。剣道と違って柔軟ではないか。  説明が一通り教わったあと、三池は主将と実戦稽古をすることになった。 「あ、そうだ三池くん、もう一つ大事なルールを言い忘れてたよ。チャンバラは抗議っていう制度があって、審判の判定に不服があったら一回抗議できるんだ。例えば相手の剣を防いだのに、体に当たっちゃったと審判が判定した時にね。もちろん相手の言い分も聞いてから再判定することになるんだけど、まあスポーツマンシップに則って、誤審もなくそうってシステムだよ。じゃあ始めようか」  三池には絶対の自信があった。しかし構え合った瞬間不意をつかれた。相手は片手で剣を持って構えている。それは剣道ではありえないことだった。なぜなら片手だと竹刀に力が加わらず、素早く振り下ろせない。相手の舐めた構えに三池が動揺していると、井上が間合いを詰めてきた。そして急にフッと井上の体が沈んだかと思うと、三池は足を打たれていた。  それから何度やっても井上に足を打たれ、三池は悔しくてこちらから先に攻撃を仕掛けてもみたが、三池の剣は井上に届かない。そこでついに三池はプライドを捨て、片手持ちに変えてみた。するとようやく井上と相打ちを取ることができた。 「おお、上手いじゃん。最初に説明しなくてごめんね。剣道出身者って剣道の型から抜け出せない人が多いんだ。だから自分で気づいてもらおうと思って君を試してみたんだよ。君はプライドも高そうだったし。でも君、センスあるよ。じゃあ基本の打ち方を教えようか」  その後も他の部員たちとも一通り練習し、練習後は歓迎会も開いてくれた。三池はいつの間にか入部を決意していた。
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