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「ただいま~」と言う声は和秋の父、善和のものだった。
「父さん、おかえりなさい」
時間は夜の9時、和秋は夕飯を終えリビングで宿題を片付けるている最中だった。お腹を空かせていた善和はスンスンと鼻を効かせた。
「今日はサバか!美味しそうだな!」
「ひじき煮もあるよ」
カウンターに置いてあった料理を電子レンジに入れ、流れるように冷蔵庫を開けた。
「ビール……ラスイチ有るじゃん」
「ダメだよ、それ母さんが夜勤開けで飲むって言ってたよ」
「ちぇー、父さんだって疲れているのに……」
チーンと言うレンジの音にため息を混じらせながら、彼はテーブルに食事の準備をすませ席についた。
「テレビ見ていい?」
「いいよ。もう宿題終わるから」
電源がついたテレビでは、毎週めぐってくる代わり映えのないお笑い番組がやっている。和秋にとって嫌だと言うわけではないが、特別好きでもなかったのか横目で見ることもなく宿題に集中していた。
「じゃあ、僕、二階の自分の部屋に行くから」
「ああ、そうか……」と善和は少し心配そうな表情で彼の背中を見つめた。
・・・・・・
和秋は真っ暗な部屋の電気をつけた。
そして、机の上に置いてあるランドセルに終えた宿題を詰め込んだ。
彼の机には男の子らしく、飛行機の模型やロボットの模型が飾られている。その脇に置かれた、坂を転がり落ちてきた握りこぶし程に大きな丸い石。
彼はそれを手に取りポンポンと弾ませた。
「何か面白い事が起きればいいのに……」
寂しげな表情を浮かべた。
しかし、彼は気付いていなかった。「風呂に入るか」と電気を消し部屋をあとにしたあと、暗闇でその石が黄緑色に輝いていることに。
風呂から戻り、ベッドで漫画を読み、時がたった。
「さて、寝るか。」
時間は11時、明日も学校ではあったが思いのほか時間が過ぎてしまったと、彼はイソイソと電気を消し目を閉じた。
・・・・・・
暗闇に満たされた部屋の中、丸い石が再び光に満ちた。
それはまるで今宵の満月のよう。
お願いします……お願いします……。
囁くような声が聞こえ、和秋は跳び起きた。
「な、なんだ!?」
和秋は恐る恐る光る石を手に取った。そして、直ぐに理解した。
「神峰の山か……」
上着を手に取り、自転車の鍵を握り自分の部屋を飛び出した。
一階では善和がビールの空と共にイビキをかいてソファで眠りについていた。
「よかった……」彼は静かに玄関を開け閉めした。
・・・・・・
自転車は軽快な音で暗闇を下っていく。
彼は興奮を纏うように、怖れをかき消すようにペダルをこいだ。
団地の入り口に着くとすぐさま神峰の頂上を見つめた。
そして、彼は目が放せなくなった。
神峰の頂上の広場に、月から一筋の光が延びて来ていた。
吸い寄せられるように、ペダルに力を入れた。右へ左へうねる広めな坂道をなるべく真っ直ぐ登っていく。
どうやら光は日立を一望できる展望台公園を照らしているようだ。彼は息を切らしながらペダルを踏み込んだ。ただ好奇心のままに。
日立の街並みを背景に月から降り立つ光。そしてその光の中、少年はその少女と出会った。歳は彼と同じ位の、生まれたままの姿で真っ白な素肌を月明かりに照らされ、たたずむ少女に。
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