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私は立ち上がり、おそるおそるトイレのドアを開けた。部屋の中は気味悪いほどにしーんと静まりかえっていた。これはもしや、本当に……?
「おーーい……」
私は静けさに包まれる部屋に呼びかけた。しーん。やはり、返事はない。まるで、部屋の中には私一人しかいないかのように。妻も娘も、もう出かけてしまったのだろうか。いや、それでも母が残っているはずだ。なんといっても、私がトイレに篭りっきりなのを放置して出かけていくとは到底思えない。私のことを心配して、というのではなく。我が家の女性たちがそんな暴挙を許すはずがないのだ。そして、私は。
この、「部屋の中に一人きり」という状況をあらためて認識し。私は思わず、両の拳を握り締めて「よしっ……!」と思ってしまった。ガッツポーズさえ取りたい気分だった。そう、実は私は「嬉しかった」のだ。長年続いた卑屈な生活から、やっと解放された。そんな鬼畜なと言われても仕方ないが、血の繋がった家族がいなくなったという悲しみよりも、十数年ぶりに手に入った「自由な立場」に喜びを感じてしまったのだ。しかし。
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