毒虫

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 我が家であるアパートに帰り、一応は「ただいま」とひと言声をかけてみたが、部屋の中で私の声に反応するものはいなかった。まあ、いつものことだ。別に一人暮らしをしているわけではない。私はれっきとした所帯持ちであり、数年前からは私の母親も同居している。妻と高校生の一人娘、そして母親。三世代が住むにはいささか手狭なアパートではあるが、それでも一家仲良く暮らしていければ何も問題はない。問題は、この家において、私の存在というものがまるでないものかのように扱われていることだ。 「一家の主」などという威厳は、微塵もない。この家は、完全に女性たち三人によって支配されているといっても過言ではない。まずは優雅な年金生活を送っている母親がほぼ一日中家の中に君臨し、昼間数時間のパートに出かける妻がその後に続き。すっかり帰宅部になっている娘も、普通なら友達と遊び呆けていそうなものだが、なぜかこのアパートの中が居心地いいらしく、私が仕事から帰ると必ず「女三人」が部屋の中に勢揃いしているのだ。しかも、信じ難いほどに仲睦まじく。  今日も私が家の中に上がった時、すでに女性三人は夕食を終えてしまっていた。さもそれが当然のことであるかのように。そしてこれもまた、いつものことなのだ。今更驚きはしない。それよりも、例の右腕の腫れに軟膏でも塗っておこうと、「救急箱はどこだっけ?」と聞いた時の家族の反応の方が、私には衝撃だった。
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