毒虫

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「ごちゃごちゃ考えてんじゃねえよ!」  娘の罵倒が私の頭の中に響いた。はい、ごもっとも。そんな感慨に浸っているヒマはない。私は娘のラケットをフライパンで弾きながら、この切羽詰った状況を打開しなければと考え……いや、考えちゃダメだ。どうせいっちゅーんだ!  その時。私の頭にふと浮かんだのが、なぜか『エイリアン』の一作目のクライマックスだった。さっき、『3』のことをちょっと思い出していたせいかもしれない。十代の頃に一人で見に行って、あれはほんと、映画館で初めて味わった衝撃だったもんなあ……あんな怖い、ドキドキする思いをしたのは私の人生のうちで最初で最後かもしれない。このいかんともしがたい状況で、あの映画のことを思い出したのは、偶然ではないのかも。  と、ここで。私の頭に、キラン! とひとつのアイデアが浮かび上がった。クライマックス、一人生き残った女性航海士リプリーは、エイリアンに追い詰められ、必死に身を隠し、密かに反撃の機会を伺いながら。神に祈るのではなく、「歌を歌っていた」……!  これだ! と私は思った。歌だ。歌えばいいんだ。心の中で歌を歌い続けていれば、女たちに考えを読まれる心配はない。しかし、歌うったって、何を歌えばいいんだ。最近は会社の同僚とも、カラオケにさえ行ってないからなあ……とか、考えてるヒマはない。私はその時、咄嗟に頭に浮かんだ歌を、我が胸の中で「口ずさみ」始めた。
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