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「ねえ、私はお前の母親だろ? 自分を産んでくれた母親に、お前……」
「しゅは、きま、せ~~り~~」
私は歌をやめなかった。母親のその言葉に、答えずとも。私が今考えていることは、相手にわかっているのだから。
「しゅは~~、しゅは~~ああ」
そう、あなたは、私の「母体」なんだよね。でもね。母体だからって……「襲わない」ってことは、ないんだろう?
私は体を大きく回転させながら、今の自分が繰り出せる力の全てを右手のフライパンに込め、それを母親に思いっきりぶつけた。
「きま、せ、り!」
母親はその打撃で少しだけ宙に浮き、そして、そのままどさりと床へと崩れ落ちた。ふう……。私は、大きくため息をついた。勝った。なんとか。いつのまにか始まった、この理不尽なる戦いに。私は勝利したのだ。
私はここでようやく歌うのをやめ。それから持っていたフライパンで、倒れたままの妻の体をツンと突付いてみた。全く反応はない。やはり、打ち所が悪かったのか……?
すると。ピクリとも動かない妻の、口の部分だけが急にモゴモゴと動き出し。そして、口の中から数匹の、あの虫が姿を現した。「こいつら……!」私はフライパンで出てきた虫を叩き潰そうとしたが、しゅしゅしゅしゅ! と虫は私の足元をすり抜け、玄関の方へと這い去ってしまった。同じく、娘と母親の口からも虫が這い出してきたが、何匹かはしとめたものの、残りは部屋の外へと逃がしてしまった。
……まあ、いいか。私はとりあえず、この戦いを終えたことにほっとし、居間のソファーに座り込んだ。そしてあらためて、倒れたままの我が家族を見渡した。体の中から虫が去っても、動き出す様子はない。おそらく、この体に虫たちが見切りをつけたってことなんだろう。もう、「役に立たない」と……。
その後私は、ふと思いついて、寝室にあるパソコンで、まさに私の「救世主」となった、「もろびとこぞりて」の歌詞を検索してみた。やっぱり、歌詞の思い出せなかった部分が気になってたし。そして、画面に出てきたその歌詞を、私はまじまじと見つめた。
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