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高い塔の裏で終業の鐘を聞きながら暫くしゃがんで臥せってたら、ポケットに入れていたスマホが震えた。
『授業終わった。今どこ?』
……悠だ。
今、会いたくないな…。
深いため息をついて、けれどふと思い出した去年の悠の誕生日の出来事。
あの時、私、散々悠に迷惑かけたよね…居なくなって。
“もう二度としません”
約束したもんね…。
『時計塔の裏に居るよ』
そう送信して涙を拭ってから立ち上がる。途端、すぐに揺れるスマホ。
『すぐ行くから、絶対動かないで』
…なんだろう?
随分…何ていうか緊迫してる感じなんだけど。
返事に違和感を感じて首を傾げながら眺めてからスマホを仕舞う。落ち着かずに再びストンとベンチに腰を下ろし、レンガが敷き詰められている地面をただぼーっと見つめた。
私…悠に会ったらどんな顔すれば良いんだろう…。
「楓!」
悠の声にビクンと体が揺れた。
き、来た…。
躊躇している間に、もうダッシュで来た悠が、目の前に息切れ切れでかがむ。チラリと私を見上げ、「無事…だね」とその場に座り込んだ。
ぶ、無事???
「あの…どういう…。」
「(楓?無事?)」
え?!フレッド?!
「な、何でフレッドがここに…?」
「(楓、無断欠席したらダメだよ。学生課からこっちに連絡貰ったんだ。居ないって)」
「楓、渡された『短期留学生、注意事項』に書いてあったの読んでないの?欠席の時には所定の紙にホストファミリーのサインと理由書いて提出すんでしょ?」
息を整えた悠が立ち上がり、フレッドに並ぶ。そんな悠をフレッドは一度見てからまた私に向き直った。
「(学生課の方からケイトさん達にも連絡行ってさ、今、こっちに向かってる)」
う、うそ…そんな大事に…。
「(ご、ごめんなさい…。)」
ど、どうしよう…。
一時の感情で取ってしまった浅はかな行動に震えが込み上げて来る。
「楓…」
不意に伸びて来た悠の手。身体が咄嗟にまたビクッと跳ねてそれを避ける様に後ずさりした。
うそ…私…。
宙ぶらりんになった手の先の悠の琥珀色の瞳が揺れてる。
ああ…もう、やだ。
私、何やってるんだろう。
「(…楓、とにかく学生課に行こう?)」
フレッドが私を支える様にそっと肩を抱き、歩くように促した。
「(悠、ありがとう。ホストファミリーのケイトさん達も来るって言ってるし、ここでいいよ。)」
変わらず揺れてる、悠の綺麗な瞳。「(わかった)」と優しい微笑みが横を通り過ぎる瞬間、ぽんと頭を撫でた。
「…楓、もうやっちゃだめだよ?」
悠…。
丸めの背中が寂しそうで、自分のしてしまった事にズキズキと心が痛む。でも…無理だよ。あんなに楽しそうにしている悠を見てしまったら。
「(楓、行こう。)」
「(うん…)」
フレッドがまた歩くように促してくれて、一緒に行った学生課。そこでケイトさん達に連絡が着いて、家に戻る事になった。
ドアを開けた途端
「(楓!)」
潤んだ瞳で私を抱き寄せたケイトさん。
「(よかった…。)」
耳元で聞いたその声に、自分のした事の浅はかさを切に感じてまた深く反省した。
そこから、一時間程
「(楓?二度と同じ事をしちゃだめよ?)」
フレッドが見守る中、みっちり二人にお説教されて
「(…はい。)」
私が返事をしたら、二人ともニッコリ笑う。
ケイトさんの優しい掌が私の頬を覆った
「(…明日は一日ゆっくり休んだらいいわ。)」
理由…聞かないんだ。
心がギュっと掴まれて目頭が熱くなる。
「(ご、ごめ…ん…なさい)」
言葉を詰まらせたら、ケイトさんのおでこがコツンってぶつかった。
「(…楓?抱えちゃダメよ?私達に出来る事があったら言ってね?)」
私…ダメだ。
こんなにちゃんと考えてくれる人達に心配かけて。
何も事情を知らないで、『居なくなった』って心配してくれた悠もあんな風に傷つけて。
「(ケイト。僕が部屋まで連れてくよ。)」
フレッドが私達を抱える様にそっと背中に手を当てたら
「(…そうね。お願いするわ。)」
ケイトさんが私の頭をヨシヨシって撫でて離れた。
「(楓?ゆっくり休んでね)」
そう二人に見送られて、自室に戻る。フレッドが後から入ってきて、パタンとドアを閉めた。
「(楓…今日さ、悠がマミとカフェに二人で居る所、見たんだって?…それで逃げだした?)」
フレッド知って…
驚いて振り返った瞬間、フレッドの長い腕が伸びて来て身体を包まれた。
「(ふ、フレッド…?)」
「(…忘れなよ。そんな事…って言うより、もう悠自体、忘れちゃえば?)」
その腕にぎゅって力が籠る。
「(楓…さ、俺と出会ってまだ日も浅いけどさ、俺といる時楽しそうに笑ってるでしょ?だけど、悠の事考えてる楓はちっとも楽しそうじゃない。
苦しそうにしか見えないよ。)」
『苦しそう』…か。
そうかもしれない。
悠の事…いっぱい、いっぱい考えて…
好きだな…大好きだな…って思えば思う程、無力な自分に虚しくなって…すごく、『苦しい』。
目頭が熱くなり、視界がぼやける。涙が頰を伝った。
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