190人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
連絡貰って行った先の時計塔
事態がでかくなってる事に震え出した楓に手を伸ばしたら、俯いたまま身体をビクッと揺らしてそれを避けられた。
…覚悟してたつもりだったけど、キツいな、やっぱ。
まあ、自分で蒔いた種だから。
本来なら、有無を言わさず抱き締めてってするけど、『短期留学』って特別な状況で、事を大事にしてしまった原因である俺が出る幕が無いのは、明らかで。フレッドに支えられながらふらふらと歩く楓の背中見ながら自分のダメさ加減に嫌気が指した。
ステイ先の事、クラスの事、色々忙しい中での出来事。
言い訳すればそうなるけど、そんなの楓には関係ないわけで、俺が“楓に会えるって浮かれてた”それだけの事。
後悔に苛まれてる今なら、『こうしなきゃいけなかった』ってちゃんとわかる簡単な事も、自分の嬉しさ優先で楓の事をちゃんと冷静に考えてあげられてなかった。
…とにかく、話さないと。
そう思って次の日、フレッドに頼んで訪れた、ステイ先。
少しだけドアの隙間から見た、楓とフレッドのやり取り。俺の名前聞いて不安そうになった表情がフレッドとの会話でみるみるうちに安堵に変わってく。
…あんな風に俺の前で安心しきった顔、した事ないかもね、楓は。
いっつも戸惑わせて、悩ませてさ。
…挙げ句、傷つけて。
何か、最低なのにひっかかっちゃった感じだね、楓。
俯いてる所に入ってって、ポンって頭に手を置いたら、笑顔が強ばる。
あからさまにそんな顔…さ。
確かに、楓を傷つける様な事したかも知んないけどさ。
だから、こうやって、誤解を解きに来たんでしょ?
「フレッド、買い物行って来るってさ」
「そ、そうなんだ…。」
そんな残念そうな顔…しないでよ。
嫌な予感が心ん中で渦巻いて、鼓動が少しずつ速くなる。
「楓はさ…どう思ってるわけ?」
「…え?」
「や、ほら、フレッド、優しいでしょ?」
そんな事、聞いてどうすんの?
そんな事聞く為に、ここに来たわけじゃないんだから。
俺を見上げる楓の瞳が明らかに潤いを増して、その拳がギュッて布団を握りしめた。
「…悠は?マミさんと居て楽しい?」
「は…?」
「…楽しいか。じゃなきゃ、『恋人席』でランチなんかしないよね。」
「や、あれはさ…」
「いいよ、別に。私がどうこう言える事じゃないし。誰と何しようと、悠の自由だもん。」
「『いいよ』って…良くないから、そう言う事言うんでしょ?あれはね?」
「いいって言ってるじゃん!聞きたくないの!」
楓が耳を掌で塞いで、話を遮ろうとしたのを解こうと、咄嗟に手首を掴んだ。
「放して!聞きたくない!忘れたいんだから!」
忘れたい…?
ドキリとその言葉に心音が嫌な音を立てる。
楓…それは、あの光景を…だよね?
それとも…。
「ちょっ…待って?楓、落ち着こうよ…。」
俺の言った言葉に楓がぴくりと反応する。
「…またそうやって、冷静なんだよね、悠は」
「…楓?」
「いっつも冷静で、飄々としてて。頭の回転も良くて。全部先回りして考えられて…凄いと思うよ?」
俺を真っすぐに見た瞳が明らかに潤みを増してポタン、ポタン…って大粒の雫が落ちて来る。
「…だけど、私は悠とは違う。何にも分からなくて、ずっと必死で。いっぱい考えても…結局うまく行かなくて。」
俯いた瞼の先の楓の睫毛が震えてる。
……言わないで、それ以上。
「もう…いっそ、全部忘れたいよ。」
分かってんだよ、自分でも、痛い程分かってる。
俺がもっとちゃんと楓の事、考えられるヤツだったら、こうはなんなかったって。
だけど、それを痛感してる今でさえ…楓と一緒に居たくて、たまんないんだよ、俺は。
だから…お願いだから…。
「…疲れた。」
願いも虚しく、発せられる一言が、重くのしかかってくる。
けれど俺には…『もっと頑張ってよ』なんて言えない。そんな事言う権利はない。
だって、楓は、ずっと頑張って来たから。
2年間も、俺なんかの為に。
「…俺と居ると苦しい?」
弱々しく握っていた楓の手首に繋いだ希望。
「…苦しい。」
けれど返って来た答えに、どうしようもなく心が痛くなった。
ごめん…ね、楓。
.
最初のコメントを投稿しよう!