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「寿退社おめでとうございます」
「ぶ、部長。ありがとうございます!」
昨日寿退社をした女性は、会社近くの港公園で部長と待ち合わせをしたのだが、なんと、立派な花束を渡された。
「私はあなたが好きでした。あ、いや、恋してたとかではありませんよ。
あなたの優しいところが、いつも笑顔なところが素敵だと思っていたんです。だから、今までの感謝の気持ちです」
「部長ありがとうございます。私のことを褒めてくれるのは部長くらいです……。
私、仕事が全然できなくて、周りに迷惑ばかりかけてて――、それで、寿退社を決めたのもそれが理由で……」
うつむく女性を見て、部長は心苦しくなる。
「そうでしたか……。あなたの思いに気づいてあげれず、申し訳ありません。
あなたをこの会社に入れ、あなたを苦しませることになったた私の責務も感じます。すみませんでした」
「いいえ。こうして優しい部長に出会えてよかったです。
けど、なぜ、私のような者を部長は選んだのですか? あのとき――、入社面接のときに、部長はいましたけど……」
「そうですねぇ」
部長はどう言うべきか悩み、港から遠ざかる船をしばし眺め、ふっと笑った。
「猫がお好きだと、面接で話していたことですかね。保護猫活動について力説していたあなたの目は美しく澄んでいて――、それに魅了されました。素敵な方だなと。きっとお優しい方なのだろうと」
「そうでしたか。
面接でバカなことしゃべったなと後悔してたら、採用されたので嬉しい反面不思議でした」
「私が好きだったあなたのその心根、大事にしてくださいね」
「はい。ありがとうございます。
私、これから保護猫活動に邁進してまいりますっ」
女性はにこっと笑い、部長もにこりと笑顔になり、二人は別れた。
部長は独り公園にただずむ。
「あの方に、私の代わりを務めてもらいたいと考えてしまったのは、私の思い上がりでしたね」
と、ため息を吐く。
「ムードメーカー的ポジションを、私の後に継いでほしかったのですが……。
わたくしごとのせいで、あの方は、この会社で傷つくことになってしまった。
そう、正直私もこの会社で働くのはキツイ……怒られてばかり、失敗してばかり、迷惑かけてばかりで。
もうこれ以上、彼女のような犠牲者をださないようにしたいものです。
苦しむのは私だけで十分です。……さん、ごめんね」
部長の目から一筋こぼれる。
「次の人事は気をつけますか……私みたいな抜け作ではなく、極寒に耐えられる――いや、そもそもが冷たい人間を選んだほうがいいかもしれませんね」
と、部長は公園を後にするのだった。
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