空の碧 風の翠

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 広い庭のあちこちに、歩哨の掲げる松明の焔が揺らめいている。かぐわしく咲き誇る花々の茂みに蹲って、リュウはどう行動したものかと迷った。  気は逸る。一気になかに飛び込み、あるじを乞い呼びたかった。が、騒ぎは望まなかった。彼はただ、あるじとふたりだけで会いたかった-----占い婆の言葉が真実なら。  真実------。  リュウは不意に、泣きたいほどの心細さを覚えた。このようなところで、一体なにをしているのだろうと思った。あのかたが、なにゆえこんなところにいるものだろう。奇跡の類いがどうあれ、甦りしものならあのかたは一番に自分の許に立ち現れて下さるはずではないか。そうとわかっていながら愚かな期待と衝動に我を忘れて、魔法のないこの平和な国に波紋を投げかけるような真似をしてしまった。  「そうだろう、“サファイアの眼”、わが剣よ」  リュウは呟き、静かに剣を抜き放った。  “サファイアの眼”------旧き七神の鍛えし最古の剣。リュウを受け容れ、その想いに応えて切っ先は常にあるじの生命の輝く方向を指し、リュウを導き、最後の最後にあるじの胸を貫くことで彼を裏切った。以来、剣は天を指す。彼があるじの名を呼び、その高貴な姿を偲んで思慕のたけを迸らせるその度に。  「初めからおまえに確かめてみればよかったものを。------笑いたもうか、七神よ、この身の愚行を」  “サファイアの眼”は、鎮かなる眠りから再び呼び覚まされて、低い呟きを洩らしていた。リュウの心のままに、怒り狂いも狂喜もする剣だが、いまは当惑の唄をなぞって、ありもせぬ戦いに思いを馳せる。  リュウは、噛み締めた唇の隙間から重いため息を洩らした。  「わが片羽よ、もう覚悟は出来た。あのかたのおわす処を示してくれ。茶番は早く終わりにしよう」  そうして宿に帰り、眠りに就こう。明日目覚めたときには、いきなり突きつけられたこの悲しみを忘れていることを願って。  つと、剣が身じろいだ。命を受けてにわかに活気付いたように、リュウの手を誘う。忠実に、哀しくも否定し得ぬ事実を思い知らせるために、天に向かって------  つぎの刹那、  「------あッ !? 」  驚愕の叫びを上げて、リュウは剣を取り落としそうになった。  “サファイアの眼”の切っ先は、天を指すどころか嬉々として茂みを衝き、館の一点に向いていた。
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