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我知らず、リュウは立ち上がっていた。警備の目を盗む才覚も、すでになかった。“サファイアの眼”は剣を持つ魔法使いに決して嘘をつかぬ。それは真綿にくるまれた神々の換言以上に真実を語るものであった。
驚愕は、つぎの瞬間せぐり上げる歓喜へと取って代わられた。
「メルセデスさま……ッ !! 」
愛しき名前が口を衝く。
まこと、奇跡が起きるのか。ひととき忘れようと足を踏み入れたこの魔法なき国で、忘れ得ぬひとと再びまみえる奇跡が-----
そうして歩を踏み出しながら、リュウは見たのである。庭の松明の明かりが辛うじて届く高いバルコニーに、くっきりとひと影が浮かぶのを。
若い魔法使いの切ない胸の裡を真に知る剣はそして、彼の腕を捻じ切らんばかりの勢いで件の人影を指していた。
闇に戯れる松明の焔をかすかに捉えて、長い髪が揺れる。ほっそりとしたそのシルエットは、しかし丈高く、しなやかに鍛え抜かれているように見え、リュウのなかの記憶とぴたり重なる。咽喉元にこみ上げる熱い慟哭を、彼は矢も盾もたまらずに放った。
「メルセデスさま !! 」
鎮まり返った庭に、彼の叫びが響き渡る。あたりはたちまち入り乱れる足音と怒号で蜂の巣をつついたような大騒ぎになったが、リュウは構わず叫びつづけた。
「メルセデスさま、私はここです !! メルセデスさまッ !! 」
ひと影が、驚いたようにバルコニーから身を乗り出す。松明の揺れるあやふやな焔と闇のなか、リュウの姿を探し求めてじっと透かし見ているようである。ここぞとばかりにリュウは翔ぼうとしたが、このときにはすでに大勢の兵士に取り囲まれ、槍を突きつけられてしまっていた。
「何奴 !! 」
猛々しい誰何が飛ぶ。リュウは激しく身をもがきながら、
「メルセデスさま ! メルセデスさまッ…… !! 」
と、なおも狂ったようにあるじの名を呼んだ。
「怪しい奴、どこから入って来た ! 」
「気狂いではないのか ? 妙な名を口走っておるぞ。あッ、こやつ、剣を持っている !! 」
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