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4 ダーレス
「魔法使いだぁッ !! 」
驚愕した兵士たちの絶叫が、闇にこだまする。しかしそのときリュウの身体は、すでに宙高くにあった。
もはやなにも考えられず------ついさっきバルコニーに見た、神秘のひと影のことのほかは------一秒でも早くその手摺りに取り付こうと懸命になっていたのである。
剣を持つ魔法使いに定められた、生涯ただひとりのあるじが------
遠い日、血を吐くような祈りも虚しく生命の灯を消してしまったあの美しいひとが、どういう巡り合わせかここにいる。目も眩むような悦びに衝き動かされて、剣を持たぬ左手を夢中で伸ばしたそのとき。
不意になにかが足首に絡みついた。それでもこの、神々をすら凌ぐ力を秘めた比類なき魔法使いは、意に介さずなおも翔ぼうとしていた。
ところが、出し抜けに彼のなかから全ての力が消滅してしまったのである。驚きを感じるまもなかった。身体が突然石礫のように落下し、固い大地に叩きつけられたときでさえ、なにが起こったのかわからぬままであった。
肩に感じる鈍痛で、ふと意識を取り戻した。一瞬のまを置いて、どっと記憶が甦って来る。リュウははじめてひどく驚いて、大きく目を瞠った。ぼんやりとした影がいくつか、前に並んでいる。視界はおぼろで、よく見えなかった。
「気がついたぞ !! 」
「油断するな」
緊張を孕んだ囁きが交わされ、影はさっと後退した。その間から、長い棒が何本も突き出している。リュウはそれが槍の柄で、いままで彼の肩を突いていたのだとわかった。
「ここは……」
言いかけて、自分がどのような状態に置かれているのか気づき、改めて愕然とする。
彼は高々と両腕を吊し上げられていた。霞む目を上向けて見れば、左右に割られた両手首のそれぞれに鎖が打たれ、その根元はしっかりと背後の壁に埋め込まれているようである。
リュウは困惑しながら力を込めてみたが、腕はもとより身裡に在るはずの力が、びくともせぬ。慌てて深奥へと意識を伸ばしても、秘めていたあの底知れぬ魔力の片鱗も感じ取れなかった。
こんなことが、一体起こり得るものだろうか ? ただの人間に戻ってしまったというのか。魔法の世界を捨てて、生まれ故郷のサンフランシスコに逃げ帰ったときでさえ失われなかった力が------
不安に身を捩らせていると、
「魔法は使えまい」
すこし離れたところから、そんな声が聞こえた。
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