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1 陽気なダリウス王亭
「もうし、それなる旅のおひと」
不意に声をかけられて、リュウは立ち止まった。振り向くと、たったいま通り過ぎて来た道端の茂みのなかから、みすぼらしい男の顔が覗いていた。
「私を呼んだのは、あなたですか」
「はい、はい。さようで」
男は素早くリュウの全身に目を走らせ、そうして、これならば無礼討ちにされる恐れはないと踏んだものか、がさがさと枝をかき分けて道に出て来た。
物乞いか、とリュウは思った。髪も髭も伸び放題、貧弱な身体にぼろを巻き付けただけの、小柄な老人である。が、その目に存外知的な輝きを宿していることに、彼は気づいた。
「何か用ですか」
「はい、はい。由緒正しげなるお武家さま、この哀れなじじいに、一粒の金子なりともお恵み下されぬか」
害意があるようには見えぬ。リュウはちょっと考えて、
「ではその前に教えて下さい」
と、左手の小高い山の連なりと、右手の荒地とも貧弱な畑ともつかぬ、まばらな市の建つ土地のあいだに細々と続く街道の彼方を指し示しながら尋ねた。
「この道はどこに続くのですか」
「これは異なことを。道は空にも登らねば、地にも潜りませぬ。畢竟どこぞの都をも通りましょうが、道はあくまでただの道。さよう、おそらくこの世の涯まで-----」
「わかった、わかった」
リュウは苦笑して手を振った。おかしな物乞いである。
「私の尋き方が悪かったようですね。実はこの近くに、魔法のない国があると聞いて来たのですが……」
「なんとな ? 」
老人は目を剥いた。にわかに不機嫌な様子になり、じろじろとリュウを睨(ね)めつける。
「魔法のない国とはなんじゃ。あんなものは、のうて当たり前なんじゃ。そのような物言いをするところをみると、おぬし、どこぞで魔法に携わる奴ばらか」
リュウはかすかに笑った。
「もしそうだとしたら、どうなんです ? 」
「ふん」
老人はそっぽを向く。視線は街道の先を見据えている。
「かの国のダリウス王には、いたく魔法がお嫌いじゃ。ろくなことがないでな。あんなものに頼ると、人間はなにひとつ自分の手で成そうとはしなくなるでな。ふん、おぬしが魔法使いであるなら、どのみち国に入れはせん。グッディに尻を噛まれて叩き出されるでござろうよ」
「グッディ、とはなんです ? 」
「ダリウス王の飼い犬じゃ。魔法を嗅ぎ分ける力を持ち、先の関所に構えておるでな。それはもう、腰を抜かすほどの恐ろしい犬でござるぞ」
老人は脅すように声を低めて言い、横目でリュウの反応を確かめた。
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