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リュウは相手を安心させるように、そっと首を振った。
「私も、魔法は嫌いです。これまでに過ぎて来た国々には、隅から隅まで魔のものがはびこっていた……。そのために生命を落とした者を、あまりにも見過ぎて来ました。もう、うんざりだ」
最後はほとんどひとりごちるような呟きになった。しかし老人は、それで機嫌を直したらしかった。
「それならば話は簡単じゃ。ささ、この道をばずーっと往きなされ。途中、くだんの関所がござるがの、なに、手など振って往きなされ」
「ありがとう」
礼を言って、リュウは歩き出そうとした。途端に老人が慌てたように呼び止める。
「こ、これこれ。教えて進ぜたのじゃから、それがしに金子を……」
「ご老人」
と、リュウは振り返り、
「見ればどこといって身体の悪い様子もない。やくたいもなき魔法の恩恵を嫌うものならばその言葉通り、地道にご自身の手で職を成すべきではありませんか」
「むッ……」
老人は目をぱちくりさせて絶句した。構わず、リュウはまた歩き出す。たちまち背後で地団駄踏む音が聞こえて来た。
「これはしたり !! 一本取られてしもうたわい。やれ口惜しや、おのれ、無念千万 !! 」
リュウは思わず声に出して笑った。こんなふうに笑うのはずいぶん久方ぶりのことである。そうしながら、ふと気づいてまた振り返る。
「ご老人」
「なんじゃッ ! 」
「ここは、なんという国なのですか ?」
老人は、答えた。
「サウザルーンじゃ」
やがて教えられたとおり、関所が見えて来た。あたりは長閑な田舎の風景だが、それなりに厳重な構えを予想していたリュウは、道の真ん中に木のテーブルを据え、周りを四人の男衆が囲んでいるだけの光景を見て取って、驚いた。彼らはしかも、鍬を片手の農夫であるらしい。
近づいてゆくと、
「やあ、旅のお人」
なかの一人がにこやかに笑いながら声をかけて来た。
「サウザルーンにようこそ来なすった」
「……こんにちは」
「遠くから来なすっただかね ? 良い旅日和で何よりだね」
余程平和な国であるのだろう。しかし、テーブルの下から仔牛ほどもある黒犬がのっそりと現れたのを見て、リュウは二度びっくりした。こいつが魔法を嗅ぎ分けるという、王の飼い犬なのに違いない。
犬はリュウを睨めつけると、すぐさま牙を剥き出す素振りを見せた。が、リュウは無論、それを待ってはおらぬ。素早く、優しく犬に思念を送り、おのが素性と敵意がないことを知らせてやる。
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