空の碧 風の翠

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 “剣を持つ魔法使い !! ”  犬は慄いてたちまち牙を収め、本能的な畏怖と敬意を顕にして、ぴたりと前肢を揃えて尻を落とした。  “俺は王の従者だが、御身に従わぬでは済まぬだろう”  リュウはちょっと哀しげに微笑んで、犬の前に膝をつき、その獰猛そうな鼻面を優しく掻いてやった。  「グッディ(いい子だ)。心配しなくていい。なにもしないから。私は疲れている。おまえの国で、ほんのしばし休ませてもらいたいだけなんだ」  「あれ、旅の人。なしてこの犬の名前を知っていなさるね ? 」  犬の様子にすっかり警戒を解いたらしいひとりが、目を丸くして尋ねた。  「来る途中、妙な物乞いのご老人に会って。彼が教えてくれたんですよ」  「老人-----ああ」  男たちは顔を見合わせて、声高に笑った。  「仕様のねぇ爺さまだ。いつの間にやら関所の外に出て行きなさる」  「そのうち爺さまにくっついて、悪人ばらが進入して来るかも知れんて」  「違ぇねえ」  なおも続く長閑な笑い声を聞きながらリュウが立ち上がると、男たちは、  「さあさあ、お行きなせぇ。引き止めて悪かったね」  と、手を振った。  「サウザルーンは気持ちのいい国だよ。たんと気に入ってもらえるよ。さ、まっすぐ行くと、街に着く。きれいなお城も見なさるといい」  「お城が近くにあるのですか ? 」  当惑してリュウは尋き返した。  「こう申してはなんですが、お城が近いのにずいぶん警備が薄いのでは……」  それを聞くと、男たちはまた笑った。  「なぁに、平和な中立国さね。王様がお嫌いなのは魔法使いだけで、あとは商人のキャラバンだろうと旅のお人だろうと、大歓迎だよ」  その魔法使いが、いま入って行こうとしている。リュウは、己が足を踏み入れることで良からぬことが起きるのではないかと、一瞬不安を覚えた。  しかし、彼は疲れていた。数多の国を渡り、ひとの心のうつろう渦中を通り来て、いま暫しの休養が欲しかったのである。
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