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だが、とリュウは思い直した。こんな陽気な街で、陽気な人々と酌み交わす酒こそが、悲しみの重さを束の間忘れさせてくれるのではないか。そのために魔法の在らぬ国を探し求めて来たのではないか……。
「美味い酒を呑ませてくれる店がありますか ? 」
リュウが尋くと、女将は褐色の顔を嬉しそうに綻ばせて言った。
「ありますともさ。いいかい、まずここを出て、右手に往きなさるといい。すると四つ辻に出る。そしたら今度は左手に折れて、そうさね、若様のおみ足で十と半歩くらい。店の前に大きな樽が出てございますから、すぐにわかりなさるよ」
「なんという店ですか ? 」
「“陽気なダリウス王亭”というんでございますよ」
リュウは目を瞠った。すると女将はさもおかしそうに、腹を揺すって笑い出した。
「いや、あたしゃ、この名前を教えたときのお客さんの顔を見るのが好きでねぇ。これでもう三十年がとこ旅籠をやってるが、びっくりしなさらなかったお人はいないね」
「へぇ……。居酒屋に王様のお名前を戴いてるんですか」
「そうだよ。なんたって国の隅々まで陛下のお膝元さね。至るところにお名前を頂戴してるんだよ」
「みんな王様が大好きなんですね」
「もちろんだともさ。変わり者の誉れ高いお方だけどねぇ、あたしら民のことをいつだって心に留めていてくださる。どんな辺境の街だって、ちゃあんとご存知でいてくださるんだよ」
リュウは無性に嬉しくなった。こんな国ははじめてである。
「なんだかダリウス王にお会いしてみたくなりましたよ」
「急ぎの旅でなければ、そのうち機会もありなさるでしょうよ」
「-----は ? 」
女将はまたくすくすと笑ったが、理由を説明してくれようとはしなかった。
“陽気なダリウス王亭”は、すぐに見つかった。女将の言った通り、門前に大きな樽が転がしてあって、中に灯りを入れてあるのか“陽気なダリウス王亭”とくり抜いた文字が浮き彫りのように見えている。重い樫の扉を押し開けると、途端に、酒と料理の匂い、それに人のざわめきが一緒くたになって押し寄せて来て、リュウを包み込んだ。
「いらっしゃいやし !! 」
威勢のいい濁声が奥から飛んで来る。狭い亭内に陣取るいくつもの顔が振り向くなり、
「おお、旅のひとじゃ、旅のひとじゃ」
「さあさあ、こっちに来て座りなせぇ」
「遠慮はいらねぇ。さ、わしの隣へ」
「いやいや、それがしの席へ」
見れば農夫やら鍛冶屋らしいのや、城の兵士と思しき者までいる。それらがてんでに自分の席から立ち上がり、赭ら顔をくしゃくしゃにしてリュウを手招きするのである。
人懐こいというのか警戒心がないのか、いささか呆れてリュウが突っ立っていると、
「これこれ、酔っ払いどもが。ちっとは控えなさらんか。旅のひとがびっくりしていなさるでねえか」
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