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奥から主人らしい男が前掛けで手を拭きながら出て来た。宿の女将と同じ南の血が混じっているのか、褐色の肌をした禿頭の大男である。
「申し訳ねぇこって。みんな気さくな連中だが、はじめてのお方には煩わしくございやしょう。さ、こちらへお座りなせぇ」
と、引いてくれた椅子に腰掛けて、温かい料理と酒を注文すると、リュウは物珍しげにあたりを見回した。狭くて、さして立派な造りではないが、とても居心地がいい。日々の仕事を一生懸命こなした男たちの憩いが溢れているせいか-----長い歳月のつましい平和が染みついているせいか。
目が合えば、人々は楽しげに笑いかけて来る。旅人を歓迎するというより、人間が好きでたまらぬといった笑顔である。
リュウは、ひとり置かれているより皆と一緒に騒ぎたかった。すると、その思いが伝わったかのように、最初の酒が運ばれて来る頃にはひとり立ち、ふたり立ちしてリュウの周りに集まって来た。しまいには皆が皿とジョッキを抱えて、足で椅子を引きずって来る始末である。
「また、おめえさん達は」
出て来た主人が顔をしかめたが、リュウが嬉しそうに笑っているのを見ると、安心したように引っ込んで行った。
「いい国ですね」
まずは乾杯とジョッキを掲げて、きついがえも言われぬ味の酒を咽喉に流し込んだあと、リュウはしみじみと言った。
「サウザルーンというんでしたね。こんな国に来たのははじめてです」
「ああ、旅のひとはみんなそう言いなさるよ。もっとも、この辺りはかなり外れなんだがね」
「え、でもお城があって、王様が棲んでいらっしゃるんでしょう」
「いいや、それがあんた、首都はもっとずーっと東の方でね。そっちはここより遥かに賑やかだよ。陛下が移って来なすってからこの辺もずいぶん市が立って、拓けたがね。あんた、お城はもう見なすったかね ? 」
「いいえ、さっき着いたばかりなので」
「そうかい。スノウローズ城は小せぇ、可愛らしいお城だよ。陛下は質素を良しとしていなさるんだ。首都のサウザルーン城はそれは立派な御殿だが------ほれ、中立国とは言ってもそれなりに近隣との折り合いがあろうってもんさ------しかし陛下はそっちを国一番の切れ者と名高いロドリゴ宰相に一任なすって、お后様とおふたり、このスノウローズの出城にお移り遊ばされてるって寸法だ」
「ま、しょっちゅうお世継ぎのアナキン殿下や、陛下の御弟君のダーレス殿下もお運びになる。どっちが首都だかわからねぇわな」
「違ぇねえ」
男たちがどっと笑い、リュウも笑みをこぼした。
「おおらかなお方なんですね」
「そうともさ」
ひとりがやおらテーブルの上に飛び乗って、胴間声で唄い出した。
「ダリウス王は戯れごとがお好き、口のうるさい宰相閣下のお目を逃れて町人姿に身をやつし、ふらりふらりと散歩をなさる」
「上手いぞ、ガイ !! 」
あたりはばからぬ爆笑が沸き起こる。城の兵士たちまで鎖帷子を掻きむしって笑い転げている。
リュウは、さすがにこの大狂乱に加わってよいものかどうか躊躇った。
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